KOGEIはアートの世界の序列を変えられるか GO FOR KOGEIが金沢からベネチアへ

北陸を拠点に工芸の可能性を探ってきた芸術祭「GO FOR KOGEI」が、世界の現代美術の中心地の一つであるイタリア・ベネチアに進出する。2026年5月9日から11月22日まで、ベネチアのパラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナで開催される展覧会「身体と物質のエスノグラフィー—加速社会における遅さと深さ」は、第61回ベネチア・ビエンナーレ国際美術展の会期に合わせて行われるものだ。

GO FOR KOGEIは、工芸を伝統的な技法や美しい手仕事という枠にとどめず、現代社会を捉え直すための思考や態度として位置づけてきた。今回の展覧会では、工芸が現代アートの国際的な文脈でどのように受け止められ、どこまで通用するのかを問う。
キュレーションを担当するのは、GO FOR KOGEIのアーティスティックディレクターであり、東京藝術大学名誉教授、金沢21世紀美術館特任館長などを務める秋元雄史氏である。秋元氏は、ベネチアでの展覧会は長年の目標だったと語る。国内や台湾、韓国など東アジアで活動を展開してきたが、欧州はいまも世界のアートシーンに大きな影響力を持つ。とりわけベネチア・ビエンナーレは、世界各地の作品や価値観が集まり、現代美術の動向を形づくってきた場である。

秋元氏は、金沢21世紀美術館の館長時代に開催した「工芸未来派」展などを通じ、工芸が現代においてどのような表現を生み出せるのかを追究してきた。今回のベネチアでの展覧会は、その取り組みを国際的な舞台で検証する機会となる。
出展作家は、これまでGO FOR KOGEIが紹介してきた作家を中心に選ばれた。工芸の領域を刷新する力と、現代アートの表現を広げる力の両方を持つ作家たちである。陶芸、ガラス、染織、刺繍、漆芸、木彫など、技法や素材は多様だが、現代アートの視点からはフェミニズム、クィア、サブカルチャー、ファッション、漫画、デザインといった切り口でも読み解くことができる。

現代アートを解釈する枠組みそのものが変化している今、これまで周辺的とみなされがちだった工芸から美術の歴史を捉え直すことには意味がある。その一人が、陶芸を軸に活動する桑田卓郎氏だ。桑田氏の作品は、陶芸ならではの手触りや重さといった物質的な魅力を、彫刻的なスケールで表現している。そこには、ポップな現代アートやファッションの感覚と、日本の茶文化や陶芸の美意識が融合している。活動領域も工芸、現代アート、デザイン、ファッション、アクセサリーなどに広がっており、ジャンルの境界を横断する作家として国際的な評価を得ている。

舘鼻則孝氏も、伝統と革新を結びつける作家の一人である。日本のポップアートにも通じる表現を持ち、未来的でありながら日本文化を想起させる独自のイメージを生み出してきた。今回の展覧会では、江戸組紐の技術を用いて代表作「Heel-less Shoes」を制作する。富士山や芸者といった海外で知られる日本のイメージを活用しつつ、既存のステレオタイプにとどまらない現代的な文化表現を生み出している点が特徴だ。

「遅さ」と「深さ」が加速する社会への対抗軸になる

展覧会のタイトル「身体と物質のエスノグラフィー—加速社会における遅さと深さ」には、効率や合理性を追い求める現代社会への問題意識が込められている。現代社会では効率性とスピードが重視される一方、それだけで暮らしが豊かになるわけではないという疑問も広がっている。消費社会が加速し、人間の感覚や生活がその速度に追いつかなくなるなかで、日常を見直し、生活の質を深めようとする動きが生まれている。工芸的な美や考え方は、そうした価値観に対する一つの対抗軸になり得る。

工芸には、技術の習得や制作に長い時間がかかり、手入れや使用にも知識と手間が必要になるという特徴がある。効率性を重視する現代の生活習慣から見れば、不便で古風なものと捉えられることもある。しかし、時間をかけて素材と向き合い、ものをつくり、長く使うという営みは、スピードや利便性だけでは得られない経験をもたらす。

見るべきポイントは、工芸品そのものの美しさだけではない。制作に費やされる時間や、その過程で得られる経験、さらには工芸をめぐる思考や態度が生み出す価値である。工芸を「よくできた装飾品」として評価するのではなく、ものづくりを通して育まれる哲学や価値観に目を向けることが重要だ。
この考え方は、「工芸」を英語の「クラフト(Craft)」と同一視しない姿勢にもつながっている。欧米ではファインアートがクラフトより上位に置かれる歴史的な序列があり、両者の間にはジャンルの違いを超えたヒエラルキーが存在する一方、日本語の「工芸」には、地域性や伝統性だけでなく、芸術としての誇りや価値も含まれている。

その違いを説明しやすくするため、あえて「KOGEI」という表記を採用した。言葉を通じて、欧米と日本で工芸やクラフトがどのように捉えられてきたのか、その背後にある美術史や制度上の問題を浮かび上がらせる狙いがある。

日本の工芸は、西洋近代美術に対する対抗軸として語られたり、反対に神秘的でエキゾチックな文化として見られたりしてきた。そのため、従来の固定観念から抜け出せていない面もある。秋元氏は、あえて「KOGEI」と表記することで、そうした見方に揺さぶりをかけたいと考えている。将来的には「SUSHI」のように、そのまま海外で通用する言葉になることも期待している。

世界で再評価される工芸を、文化支援から産業振興へ

今日、世界の工芸をめぐる状況が大きく変化している。その一つは、コンセプトを重視してきた現代アートへの批評として、素材や手仕事、職人技術そのものの魅力を見直す動きである。近代化の過程で軽視されてきた手づくりや素材へのこだわりが、改めて注目されている。

もう一つは、従来の美術史が十分に取り上げてこなかった作り手や文化への再評価だ。女性、先住民族、クィアなど、異なる立場や経験を持つ人々の美意識が、独自の表現として認識されるようになっている。かつてのように異文化をエキゾチック、プリミティブなものとして消費するのではなく、作り手自身が主体となって生み出す表現として捉える視点が広がっている。

2026年のベネチア・ビエンナーレのテーマ「In Minor Keys(イン・マイナー・キーズ)」も、こうした動きと接点を持つ。南半球の手仕事や非西洋文化に根ざした工芸的な実践が、現代アートの国際的な舞台で可視化されることは、工芸をめぐる評価の変化を示すものだ。
工芸そのものを刷新する国際的な取り組みも広がっている。ロエベ財団の「ロエベ・クラフト・プライズ」は、現代のクラフトにおける卓越性や芸術性、革新性を国際的に評価する賞である。また、スイスのミケランジェロ財団が主催するベネチアの国際クラフト展「ホモ・ファーベル(Homo Faber)」も、工芸をめぐる新しい動きを象徴する存在だ。

こうした取り組みでは、職人の技術や産地、厳選された素材を起点に、ものづくりを再構成しようとしている。現代アート、クラフト、デザイン、建築といったジャンルの境界を厳密に設けず、個人の天才的な創造性だけに価値を置くのでもない。地域に残る伝統的な技術を、その土地の歴史や文化とともに継承しながら、国際的なネットワークへとつなげていく点に特徴がある。作品の発表機会だけでなく、人材育成、技術継承、国際交流までを含む支援の仕組みが整えられている。こうした状況を踏まえ、工芸を文化支援の対象としてだけでなく、産業として捉える必要性がある。工芸には経済活動として発展する可能性があるにもかかわらず、日本では文化庁と経済産業省の施策が縦割りになっていることも、振興を難しくしているという。

課題は、作り手の能力そのものよりも、プロデュースやディレクション、経営を担う側にある。日本には優れた技術を持つ作り手が今も存在する一方、クリエイティブ産業を育てる仕組みが十分ではない。海外の高級ブランドが日本の職人技術を活用しながら、産地や職人の名前を前面に出さず、自社ブランドの商品として販売する状況についても問題であると認識すべきだ。

日本の強みは、各地に蓄積されてきた工芸の技術や知恵、ものづくりの考え方にある。何百年にもわたって受け継がれてきた技術は、単に完成した製品を保存するだけでは継承できない。人に宿る技術や知識、価値観を次世代へ引き継ぎ、新しい産業や雇用につなげることが求められる。

工芸を将来への投資として捉え、産業として発展させるための仕組みを本気で考えなければ、地域に残る貴重な資産が近いうちに失われかねない。GO FOR KOGEIのベネチアでの挑戦は、工芸の芸術的な価値を世界に問うと同時に、その技術と文化を次の時代へつなぐための課題を提示するものでもある。(出典:art NIKKEI、画像:GO FOR KOGEI)

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