D2Cブランドビジネスが実現する価値転換
- 世界規模で進むグリーン・エコノミーへの急速なシフトは、DXによる事業モデル転換の大きな焦点となる。D2Cモデルは、顧客との直接関係に基づく持続的な生産〜消費サイクルを通じて、資源最適化とサーキュラー・エコノミー(循環型経済)を実現するビジネスモデルの進化でもある。
- 直接取引で原料・製品・梱包など循環型製品デザインを提供する、PaaS(製品のサービス化)で資源エネルギー消費を削減する、シェア・サブスクモデルで過剰消費抑制、再利用と製品寿命の最大化をはかる、AI/IoTやオンデマンドで需要を最適化しながら過剰生産・資源消費を減らす、リバース・ロジスティクス(回収の物流)を実現するといった取り組みを、世界の先進企業はすでに実践している。
- そして、顧客価値共創と環境/社会価値提案を一体化することが重要だ。顧客を巻き込みながら、一方通行型消費から新時代の循環型消費体験へとブランドの価値転換をはかり、経済性と社会変化を実現していくことが求められている。
●同質化する“D2Cブランド・ブーム”への警鐘
2010年台から欧米で登場した、デジタルネイティブなD2Cブランドビジネスのスタートアップが、日本でも無数に登場している。トレンドに乗って資金調達に成功して急速なブームを形成している。D2Cビジネスの成長機会を見た大企業のM&Aや事業投資も増加して、エグジットの可能性も高まっている。
また幸か不幸か、コロナ禍による(10年分の変化が一気に起こったとも言われる)劇的なECシフトは、これらD2Cビジネスに絶好の成長機会を提供している。
一方で、乱立するD2Cブランドの過当競争もすでに起こりつつある。OEMによる製造からデジタル広告、ECやフルフィルメントまで外部プラットフォームを活用すれば、D2Cビジネスは簡単に始められてしまう時代。
ターゲット顧客を徹底して絞り込むことで、先行して強いマインドシェアとファンベースを確立できれば良いが、“模倣しやすい“=参入障壁が低いが故に、限られた資源の中で、創業者のキャラクターやブランドパーパス(信念)への共感、ライフスタイル提案の魅力で差別化しようということになる。
問題は、今やこれらの多くが流行りのSNSやインフルエンサー活用、表層的なパーパスや似通ったライフスタイル・ブランディング手法をなぞって、すでに同質化してしまっていることだ。追随して参入する大半のブランドは、認知もされないままニッチ市場も確立できず、過当競争に敗れて数年後には消滅してしまうだろう。
サブスク(継続課金)モデルも、その圧倒的なストック収益効果で、今や猫も杓子もの大流行であるが、カテゴリを超えて生活者の財布シェアの競争が拡大する中、家計消費の優先順位付と取捨選択が進み、今後はサブスクの勝ち組は限られるのが現実だ。
●D2Cモデルは、21世紀型のブランディングの標準形
しかし、D2Cビジネスモデル自体は、デジタルネイティブ世代のニッチな流行・ライフスタイル型ブランディングにとどまるものではない。大企業にとっても、旧来型のパッケージ化されたマス型ブランドの事業モデルを転換させ、21世紀型のダイレクト・ビジネスとブランディングの標準形となるものだ。
例えばアップルやナイキは、すでに数兆円を超える規模のD2C事業を実現しているが、マス型ビジネスが限界を抱える中で、デジタル/ダイレクトモデルによる価値の転換を実現してきているからだ。それは一体どのようなものか。
図1は、D2C(Direct to Consumer)モデルを構成する要素と、それらが実現する価値転換を示したものである。ポイントは、デジタルネイティブなメディア・テクノロジー活用による、顧客との直接的なインタラクションとデータ共有を軸にした、①顧客との関係/共創価値の実現、②循環型経済システムと環境/社会価値の実現という点だ。
まず①顧客との関係/共創価値の実現について見てみよう。D2Cブランドのコンセプトやカテゴリ独自の課題解決・価値提案はさまざまだが、図の左側の顧客価値は、メーカーのマス型・間接流通ビジネスでは満たされなかった、D2Cモデルならではの関係/共創価値要素を示している。鍵はこれらの価値要素を、模倣されないよういかに独自化できるかにある。
ECなどコンシューマーへの直接販売は、売上の4割平均ともいわれる卸・販売代理店などの間接流通コストを大きく効率化し、価格競争力(エコノミー)を実現しうる(一方で、配送コストが商品価格帯の制約要因となる)。逆に顧客に認知してもらい、直接的な価値提供を行うためのマーケティングに資源を割くことが重要となる。
顔の見える顧客との直接対話とデータ共有は、マス商品では実現できなかったニッチ/マイノリティ市場への価値の実現や、オンデマンド/マスカスタマイズのテクノロジー活用による、自分だけの価値提供を可能とする(フィット・パーソナル)。
さらにメーカーにとって重要なのは、D2Cモデルの中核的な事業転換は、一度きりの購買・交換価値から、モノやサービスの使用価値/体験価値を通じた直接・継続的な関係づくりへの変化という点である。
これは、フリーミアム・従量課金やサブスクなどの収益モデルの進化、バイヤー/コンシューマーからユーザー/ファン、さらにインフルエンサー/エバンジェリストとしての顧客との関係性進化、そして機能やブランドイメージから、体験価値/パーソナライズ/目的実現やなどの、価値ドライバーの進化を意味するものだ。(図2)
そして、D2Cブランドにおける関係価値は必ずしも企業と顧客の一対一のモノではない。シェア(ユーザー共有)や会員コミュニティ、リローカライズ(地産地消化)などの関係価値を生み出すことで、生産者・地域と消費者の繋がりを築き、価値観や目的を共有するコミュニティとの共創を実現することができるからだ。
地域の文化や生産者を応援消費で支えたり、クラフトビール文化を拡げるコミュニティを育てたり、シェアの文化によって環境負荷や無駄を減らしながらモノの価値を共有するといった、人を軸とした関係価値の進化は、社会やコミュニティにとっての大義を生み出すことができるのだ。
そして、実はD2Cモデルは、顧客との直接関係に基づく持続的な生産〜消費サイクルを通じて、資源最適化と循環型経済(サーキュラーエコノミー)を実現するビジネスモデルでもあり、特に大企業にとって、効率化とコスト削減が目的になりがちなDX(Digital Transformation)の大きな目的となりうる。
●グリーン・エコノミーへの事業モデルシフト
今日のビジネスやマーケティングは、かつてない環境変化と価値観の急転換を迫られている。もしあなたがマーケターとして、新製品をヒットさせ、市場や顧客の需要を増幅してモノの大量消費を促し、短期に成長を加速するという至上命題を信じているとしたら、それは背後に地球規模の山火事が迫っているのに全く気づかずに、熱心にバーベキューに薪を焚べているようなものだ。
地球温暖化や環境汚染・資源枯渇などで社会の持続可能性がタイムリミットを迎え、人類規模で取り組むべき喫緊の問題に対して、このコロナ禍からの再生をグリーン・エコノミーへのシフトで実現する戦略が次々と加速している。
COVID-19による経済危機からの再生を目指す欧州のグリーン・リカバリー計画、そしてグリーン・ニューディールを前提とした米民主党新政権の経済政策など、無限に加速する生産〜消費志向の資本主義経済は、大きな転換点を迎えている。また、ESG投資の劇的な拡大が、利潤追求至上主義の株主資本主義をハックするようなかたちで、企業の環境/社会価値創造の優先順位を高めつつある。
持続可能な社会システム転換のための脱炭素化(CO2排出ゼロ)の加速、サーキュラーエコノミー(循環型経済)へのシフトが喫緊の課題となり、企業にとっては今後の市場競争や取引・資本調達そのものを左右する経営課題となっているのだ。循環型経済のビジネス戦略を提唱するピーター・レイシー他は、サーキュラーエコノミーを実現するための事業モデルとして、図3の通り5つのビジネスモデルを提示している。
図3:サーキュラーエコノミを実現する5つのビジネスモデル
出典:「サーキュラー・エコノミー・ハンドブック 競争優位を実現する」ピーター・レイシー他 著より(日本経済新聞出版社 2020)
これからのマーケターの役割は、新製品による闇雲な需要喚起・消費加速による際限のない成長ではなく、持続可能な社会を実現する循環型ビジネスモデルへの価値転換である。そこではデジタル技術の活用が鍵となっており、D2C型のプラットフォームは重要なイネイブラー(実現要素)として位置づけられているのだ。
●D2Cモデルを循環型経済シフトのドライバーにする
D2Cが加速する循環型ビジネスモデルについて、具体的に見ていくことにしよう。
・D2Cとサーキュラー型製品デザイン
マス流通・店頭陳列を前提とした製品では、サーキュラー・エコノミーや生分解を考慮したデザインはまだ少なく、例えば化粧品などは製品自体よりもパッケージに多額の費用をかけたり、大量のプラスチックの使い捨てが行われてきた。D2Cブランドでは、パッケージを重要なブランド体験接点と位置づける一方、簡素化や循環型の原料・製品・梱包デザイン自体を提供価値にする取り組みが進んでいる。例えばナイキは、サーキュラーデザインの先駆者であり、シューズとウェアの約73%がリサイクル素材を含み、製造廃棄物の99.9%は埋め立て処分されず再生されているという。
・シェア/サブスクモデル
D2Cのシェア・サブスク型サービス展開は、自動車から衣服・食・家電や住宅まで、あらゆる業界で、経済性とともに消費者の“持たざる消費”の価値観を拡げている。モノを所有しないことで過剰生産を抑制する、定期購入モデルで生産/消費量の安定とロス率を低減する、シェア利用で製品の稼働率や使用価値・寿命の最大化をはかる、といった価値を実現しうるからだ。例えば衣料ではLeTote(米)など、サブスクモデルで顧客に無限のワードローブを提供しながら、アパレル業界の製品廃棄問題の解決を志向している。
・オンデマンド/マスカスタマイズ
オンデマンド(受注生産)/マスカスタマイズ(製品のパーソナライズ)は、顧客一人ひとりのニーズに応えて生産することで無駄や廃棄を削減するとともに、フィットや“自分だけの製品”の愛着を通じて製品使用の長期化につながるものだ。多くのアパレル・パーソナルケア系D2Cが、テクノロジーを活用しながらマス型ブランドにできないパーソナライズを独自価値として提案している。
・PaaS(製品のサービス化)とAI/IoT化
D2Cモデルは、単発の製品売り切りを目的とするのではなく、顧客との継続的関係によるメンテナンスやアップデート・リペアなどのサービス価値を高め、収益モデルとともに製品寿命の最大化の実現しうる。パッケージ製品から、デジタルによる製品のサービス化によってモノの移動・物流コストとエネルギー消費の削減につながる。また、直接取引で得られるデータを活用し、AI/IoT化によって顧客の需要を予測・最適化しながら、過剰生産・資源消費を減らすことが可能となる。
・リサイクル/アップサイクル
D2Cの直接取引でリバースロジルスティクス(回収の物流)と効率的な資源のリユース・リサイクルやアップサイクル(付加価値再利用)化をはかる。ここには、ユーザー自身が修理する権利(Right to repair)なども含まれる。
アップルのiPhoneなど機器の下取り(GiveBack)プログラムは、回収した部品やレアメタルなどを、ロボットで自動分解・再生利用するループをすでに収益ベースで確立している。有名なパタゴニアのWorn Wearプログラムでは、衣服のリサイクル、修理、再利用により、ギアを使用し続けることを顧客に奨励してきた。
・リローカライズ(地産地消化)
マス流通を通さず、D2Cモデルで顔の見える生産者と消費者を直接繋げることで、サーキュラー型のサプライチェーンや需要マッチングによる流通コストと資源ロスの削減をはかりうる。また、地域への経済的還元や環境保護などのアクションに消費者も関わりながら、社会価値共創を実現していく。食品ECなどの多くが地域貢献につながるリローカライズの取り組みを価値としている。
●企業は目的なきDXから、環境/社会価値創造の実現へ
昨今ビジネスのDX(デジタル・トランスフォーメーション)が課題として声高に語られるが、デジタルやダイレクトによる自動化・効率化やコスト削減で利益を生むといった視野の狭い発想では全く片手落ちである。社会・経済環境が大きく変わり、グリーン・エコノミーへの事業モデル転換が求められる中、大企業においてもD2Cによる環境/社会価値創造を具体化していくべきだ。
そしてこれらの取り組みは、作り手サイドだけの課題ではない。生産〜消費サイクルを担う顧客への価値の訴求と理解促進を図ること。顧客を巻き込みながら、一方通行型消費から新時代の循環型消費体験へと、ブランドの価値転換をはかり、経済性と社会変化を実現していくことが求められているのだ。