プラットフォーム時代のテクノロジー・ブランディング①(前編)
●テクノロジー・ブランディングとは/なぜ重要なのか
テクノロジー・ブランディングとは、それ自体は知覚しにくい、製品やサービスの最終製品を構成する技術や素材・成分などの独自要素を「ブランド化」することで、差別化や付加価値を生み出し、ブランド選択を促して収益を高めるアプローチである。
今日の社会では、テクノロジーの進化がますます新たな価値提案や製品の差別化をもたらすようになっている。また技術/成分ブランディングは、テクノロジー企業にとどまらず、アパレルなど素材産業、製薬や食・日用品、ヘルス&ビューティーなど多くの業種で有効な手段である。
そして、日本にはB2Bビジネスを行う製造業の領域で、高い世界シェアを誇るリーディング企業が多く存在しており、独自の技術や素材によって、いわゆるスマイルカーブ*の上流で高収益ゾーンを確保している。
現代では、技術のソフトウェア化とオープン(API)化によって、独自性のある技術や成分素材を軸に、様々な事業・製品サービス群にプラットフォームとして展開するビジネスモデルがますます拡大している点も指摘できる。
●テクノロジー・ブランディングの成功要因
テクノロジー・ブランディングといっても、技術に名前やロゴをつけて商標を取れば良い、という話ではない。技術や成分のブランド化が成功するには、以下のような条件が必要だ。
- ネーミングやロゴ(商標)により技術や成分が認知され、製品に使用されていることが消費者に伝達されること。
- マーケティング活動によって、消費者にとって技術ブランドに明確な便益やイメージが確立されていること。
- 技術や成分が含まれていることが製品の品質や信頼性を高め、プレミアム価格や消費者のプルを喚起できること。
B2Bなど多くの業種の企業にとって、技術/成分は有効なブランド差別化要素となりうるが、消費者に便益を伝達するアプローチが必要となる。
テクノロジー・ブランディングのもはや古典的事例として、“Intel Inside(インテル入っている)”がよく取り上げられるが、これは日本市場発で、最終製品メーカーを巻き込んだブランド露出とマーケティングキャンペーンの仕組みを作り上げた成功事例である。
●テクノロジー・ブランディングのメリット
一方で、技術/成分のブランド化を図ることによって、以下のようなメリットを享受しうる。
- 技術や成分のもたらす便益をブランド化することで、短期的な技術革新や組成変化などを超えて、継続的なブランド名称使用と差別化を図れる。 例)アウディ「クワトロ」-パワフルな4WD
- 技術進歩と競争により機能的な差別性が失われても、消費者の認識の優位性を維持することができる。特許等が切れても、知財を保護できる。 例)デュポン「テフロン」-焦げ付かない
- 幅広い最終製品展開や、ライセンシング戦略が容易になる。 例)ユニクロ「ヒートテック」-暖かい
技術を効果的にブランド化することで、長期にわたる差別化と収益性、特許に変わる知財の保護など、高い投資対効果を実現しうるのだ。
●テクノロジー・ブランディングの成功事例
①デュポン
総合化学メーカーのデュポン社は、独自開発した技術や成分/素材のブランド化に早くから取組み、大きな事業的成功を収めてきた。同社ではLycra®やTeflon® 、Kevlar® 、Stainmaster®をはじめ、2000種類以上の成分/素材ブランドを保有。他社へのライセンス供給時には、これらのブランド名とロゴの使用基準などのルールを遵守することを条件にしている。かつて、化学繊維Nylonの一般名称化によって商標登録に失敗したことが、同社の知財戦略の中でブランド化の重要性の認識を高めた。
図1:デュポンの技術・素材ブランド(同社歴史紹介ページより)
同社は成分のブランド化による投資効果を質的・量的に評価するプロセスを確立しており、定性的評価では、成分の持ちうる連想が、製品のポジショニングや売上増にどのように寄与するかを分析する。必要なブランド投資コスト(広告/流通対策費)に見合った予想売上高、価格プレミアム(平均20%を目標)を定量的に算出するモデルを用いて、成分ブランド化の妥当性を判断している。
同社の代表的なブランドの一つ、Teflon®は、今日まで「くっつかない」「焦げ付かない」加工の代名詞として、いまだに強力なブランドエクイティを維持している。フッ素樹脂加工の技術は1938年に発明され、その後焦げ付きにくい魅力的な鍋を作り出すことに成功。大々的なマーケティングキャンペーンで、Teflon®は誰もがよく知る「焦げつかない調理器具」の代名詞にまでなった。今日ではTeflon®は、ワイヤーやケーブルの絶縁から、製造が困難な医薬品の生産に使用する特異な構成の配管に至るまで何百という用途において利用されている。
図2:Teflon®の広告例:自由の女神の保護にも使われるTeflon®
- ロッテ「キシリトール」
ロッテのキシリトールは、健康機能食品としてのガムの新たなニーズを開拓し、発売以来長く日本のガム市場のトップブランドを維持した。
ロッテは、砂糖に近い甘さをもちながら、虫歯の原因となる酸を作らない天然甘味料キシリトールに早くから着目し、商品開発に取り組んできた。同社は「キシリトール」の登録商標を取得することに成功し、同成分の食品認可が下りると同時に、97年キシリトールガムを発売。98年にはガム市場のNO.1ブランドになった。
キシリトールガムのブランド認知度は100%近くに達しているが、競合他社のキシリトールを配合した模倣商品は同名称を使えず(XYLISH(キシリッシュ:明治製菓)/XYLICOOL(キシリクール:カバヤ)/XYLETS(キシレッツ:グリコ)/XYLI MAX(キシリ・マックス:ワーナー・ランバート)など)撤退したブランドも多く、防御的機能を果たした。
- ユニクロ「ヒートテック」
われわれの馴染みのある領域で技術ブランドをあげておくと、ユニクロの「ヒートテック」はまさにその代表事例だろう。ユニクロと東レが共同開発した吸湿発熱繊維は、人の体が発する水蒸気を吸着・水分子の運動エネルギーを熱エネルギーに変えて発熱・マイクロアクリル繊維が空気を閉じ込めて保温する仕組みを開発した。2003年にヒートテックとして発売、15年間で10億枚の製品を販売して、同社のグローバル成長と収益を支える最大のヒット製品となった。
図3:ユニクロと東レのヒートテック進化への取り組み(同社2017年度決算資料より)
ヒートテックの成功は、明確な技術ブランド化とわかりやすい顧客体験、継続的な広告出稿などで、差別化された機能便益を認知・実感させることで、新たな必需品カテゴリを創造したことにある。他社も同種の素材ブランド化(ボディヒーター(ヨーカ堂)、ヒートファクト(イオン)、ZOZOHEAT(ZOZO)ファイバーヒート(しまむら)など)で追従したが、「暖かいインナー=ヒートテック」のブランド想起と信頼性を占有、一人勝ちを続けている。
ビジネス環境の変化によって、実は今日の技術/成分ブランディングは、大きな役割と戦略変化を遂げつつある。後編では、デジタル・プラットフォーム時代の技術ブランディングの戦略変化について触れていきたい。
*スマイルカーブ:電子産業に見られる収益構造を表すモデルの名称で、バリューチェーンの上流工程(商品企画や素材・部品製造)と下流工程(流通・サービス・保守)の付加価値が高く、中間工程(組立・製造工程)の付加価値は低いという考え方。これらの付加価値を線で結んで図形にすると、両端が上がっていて中央部が下がった形となるため、「スマイルカーブ」と呼ばれている。