Netflix時代のグローバル・カルチャーブランディング〜アジア発コンテンツの台頭を、ブランディング機会に活かせるか?       

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Contributor:kkonishi

抜本的な変化は、それ以前の時代を思い出せないぐらい、当たり前に私たちの生活に浸透していく。今日、家庭用テレビがストリーミング動画の視聴機になりつつあるように、NetflixやAmazon Prime、消費者主導のYouTubeやTikTokなど動画、音楽ではSpotifyなどのストリーミング・コンテンツプラットフォームの台頭は、グローバルなエンターテイメント・コンテンツ流通市場に革命的な変化を起こしてきた。
私の友人が昨年南米を旅行した際に、イースター島で八代亜紀のプレイリストを愛する現地人と出会って熱弁され、コンテンツの時空を超えた世界への浸透ぶりに驚いたそうだ。

なかでもNetflixは、2023年末時点で2億6000万人(日本で600万人超)の有料会員を抱える、世界80カ国以上でトップの映像配信ストリーミングサービスとなり、世界のインターネット・トラフィック全体の15%のデータ量を占めるほどの存在感となっている(図1,2)

そのサブスク会員からの潤沢な収益(2023年で65億ドルものキャッシュフロー)とリアルタイムな視聴データを活用した、独自コンテンツへの投資規模も、ハリウッドやテレビ放送ネットワークをすでに大きく凌駕している。このようにコンテンツ流通が一気にグローバル化したことで、世界のメディアビジネスに大激変をもたらしてきたことはご承知の通りだ。
たとえばNetflixは、今年のアカデミー賞で18部門でノミネートされ、映画配給会社はもちろん、ストリーミング配信のライバルであるアップルを抑えて圧倒的に最多ノミネートとなった。*注1

図1:各国別で最も人気のストリーミングサービス 出典:Fixpatrol         図2:Netflixは世界のインターネットトラフィックの15%を占める

Netflixの市場占有度が増すにつれ、今まで欧米が中心だった映画やテレビ番組のグローバル配信から、多様な地域発のコンテンツの割合がますます増大しつつある。特に本国の米国市場において、海外発のコンテンツの逆流が起こっている点に注目すべきだ。
Netflixは2023年に、ストリーミング視聴者の外国語(非英語)作品の視聴時間が全体の1/3に上ることを明らかにしている。しかもその中で、スペインやドイツなど欧州発コンテンツを凌駕するように、韓国や日本などアジア発のストリーミングが大きな割合を占めるようになっている。
23年にネットフリックスで公開された「非英語」作品のうち、実写とアニメの日本語作品は韓国語、スペイン語に続き、世界で3番目に多く視聴された。またParrot Analyticsの統計データでは、2022年は米国視聴者の見た非英語コンテンツ全体の4割近くが日本と韓国発のものになっていたという。今や欧米でもアジア系の作品を字幕で観る習慣がすっかり根付いたわけだ。

世界の週間視聴ランキングトップ1となった「今際の国のアリス」、「ONE PIECE」や「幽遊白書」などマンガ・アニメの実写版などでの成功実績をはじめ、マンガ・アニメコンテンツの圧倒的な強さが目立つ。Netflixによると、これらは最初からグローバルチームで制作され、日本のコンテンツカルチャーをうまく世界市場に翻訳して配信することを前提にしている。ROBOTやTBSHDのTHE SEVENなど、日系のコンテンツ制作会社も、米国市場を通じたIPの世界展開に戦略的に注力し始めている。(日本発の『忍びの家 House of Ninjas』も2024年2月に世界ランキングトップに)。

米国Z世代に強い訴求力を持つ日本発のコンテンツ

さらにオリジナル・ストリーミングの外国語別視聴者の世代別内訳を見ると、特に日本と韓国の番組の視聴者は若い世代(Z世代とその上のゼニアル世代)に大きく偏っている。実に日本の番組の視聴者の70%以上、韓国の番組の視聴者の60%は30代以下である。これらの言語の視聴者需要の多くを占めるジャンルはアニメやゲーム・ドラマ系の作品で、若い視聴者のインデックスがきわめて高い傾向にあるのだ(下記は2022年米国市場のデータ)。特にジャパニメーションは視聴サブジャンルでシェアトップ1〜2を占めている。まさにブランドが接触機会を喉から手が出るほど望んでいるターゲットである(下図3, 4)

図3, 4:英語以外のストリーミングオリジナルの需要(2022:言語別、年齢層別、米国)出典:PARROT ANALYTICS

こうした劇的なグローバルコンテンツ流通の多様化は、当然のことながらアジア・日本のカルチャーブランディングの機会にもつながっている。米国をはじめ、世界の人々が日本語ベースの文化や価値観を、コンテンツを通じて知るようになったことで国に対する認識も大きく変わりつつある。これらはインバウンド需要の劇的な伸び(コロナ禍後の再成長)に止まらず、その質的な変化にもつながり、さらに消費財やコンテンツ・サービスなど日本発ブランドの輸出の大きな潜在機会となっている。

日本のコンテンツのグローバル戦略については、かつては政府主導のクールジャパンはじめ様々な取り組みが行われてきたが、先行する韓国などに比べて全く成功しておらず、マーケティングの欠如や補助金依存など、戦略的なプレイヤー不在の問題も大きかった。
しかしここに来て、映像・音楽などストリーミング・プラットフォームでのコンテンツの世界浸透が急速に拡大してきたことで、日本発の映画・アニメ作品が米国市場で高く評価され次々とオスカーを獲得したり、ポップカルチャーを通じた日本の観光的魅力も高まるなど、歴史伝統だけでなく豊かな現代文化コンテンツを持つ、日本のポテンシャルが高く認識されるようになってきたのだ。

カルチャーブランディングへのシフト・最適化を強めるグローバルブランド

ブランディング視点で見ると、マルチカルチャーの価値観が認識・評価されやすくなっていることで、アジアや日本の地域発コンテンツを活かしたブランディングがますます重要になってくる。最近のドラゴンボール作者の鳥山明氏が亡くなったというニュースに、世界がどれほど影響を受けたかを各地から伝えるニュースは、改めて世界的なポップカルチャーに対する影響力の大きさを印象付けた。

しかし日本発のブランドは、例えばジャパニメーションが世界のカルチャーシーンの最前線にいることをどれだけ自覚して投資しているだろうか。実際にグローバル市場で日本のアニメやゲームの強みを生かした独自プラットフォーム事業で戦っているプレイヤーは、ソニーなどごくわずかだ。

一方で、マクドナルドやコカ・コーラなど、もともと商品だけでなく”アメリカン・カルチャー”を売っていた米国発グローバルブランドが、こうした文化的市場機会の多様化を見逃すはずはない。
最近マクドナルドは漫画にインスパイアされたパッケージと4つのアニメ・エピソードをデビューさせ、アニメ番組のクリエイターが長い間使用してきた“WcDonald’s”の名称を使ったキャンペーンを(日本を除く)世界30カ国以上で展開した(そこには、日本語のカタカナで「ワクドナルド」の表記もある)。この取り組みは、Z世代にますます人気が高まっているアニメやマンガに傾倒するブランドの最新の例である(図3)

図3:WcDonald’s グローバルキャンペーンより

またコカ・コーラは、 Coke Studioというグローバルで展開をするオリジナル音楽コンテンツを楽しめる新しいプラットフォーム(SpotifyやYouTubeなどでも展開)を構築し、地域ごとにK-POPはじめ世界各地の人気ミュージシャンとコラボした音楽コンテンツマーケティングを世界市場で展開している。
これらのポップカルチャーに対するブランドの傾倒と応援は、ファンの愛着と共鳴をブランドに一体化させ、強固なエンゲージメントを築くことを狙っている(図4)

図4:コカコーラ・Coke Studioより

マクドナルドのアジア地域マーケティング・ディレクターのAda Lazaro氏は、インタビューで次のように述べている。

「カルチャーは単なる広告やブランディング以上のものを含んでいます。むしろ、社会のトレンドや価値観、消費者の行動と融合することです。これには、地域の習慣や嗜好、ライフスタイルの違いなど、多様な文化的ニュアンスを理解し、共鳴することが含まれます。
カルチャーは私たちのマーケティング・ミックスの100%を形成しています。私たちはカルチャーの中でカルチャーとともに生きるべきだと考えています。メニューからコミュニティ・エンゲージメントへのアプローチ、デジタル・プラットフォームでのパーソナライズされた体験の提供まで、ブランドのさまざまな側面を通してその考え方を取り入れています。」*注2

韓国はどうだろう。2022年の韓国コンテンツは輸出額が132億ドル(約2兆円)を突破し史上最大となり、同期間における、蓄電池(99.9億ドル)、電気自動車(98.3億ドル)、家電(80.6億ドル)などの主要品目の輸出額をはるかに上回った。これらは一つの産業としてだけではなく、”Kコンテンツ”のカルチャーブランディングによる産業を超えたビジネスの相乗効果を生み出している。実際に韓国の対米輸出は2020年頃から大きな増加を遂げ、2023年には最大の貿易国だった対中国輸出を上回っている(図5)
これらは半導体やフラットパネルなど産業用製品も多いが、韓国輸出入銀行の研究によると、韓国コンテンツの輸出が1億ドル増加する際、化粧品や食品などの消費財における輸出も1.8億ドルが共に増加すると分析されている。*注3

図5:韓国の対米輸出入金額と貿易収支の推移

日本のコンテンツ海外輸出額は、ゲームやアニメコンテンツを中心に2023年で4.5兆円程度と規模こそ大きいが、近年市場成長率は伸び止まって低位で推移しており、政府は2033年までにそれを20兆円と4倍以上に伸ばすビジョンを掲げている。ここまで述べてきたようにコンテンツ産業の成長余地だけでなく、カルチャーブランディングによる波及効果は大きい。

そしてカルチャーブランディングとは、単なる人気タレントやコンテンツとのタイアップ広告や短期的な販促キャンペーンではない。こうした文化や価値観に対する共鳴と支援、またブランドとの文化的融合を図る継続的な活動を通じて、新たな市場創造を図り、ファンの支持と積極的な行動・貢献を生み出していくものだ。
世界的なブランディング・メディアがテレビから、NetflixやYouTubeをはじめとするストリーミングコンテンツ・プラットフォームに大きくシフトしていく中で、ブランドも広告発信を超えた、コンテンツ・カルチャー体験を軸としたグローバルブランディング戦略を再構築していく時期に来ている。

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