アムステルダム:コミュニティ発のサーキュラー・エコノミーの進化

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Contributor : Naoko Shozuzawa

有機的な繋がりがサーキュラー化&ビジネス化の両立を生んだプロセス

サーキュラー・エコノミーやサステナビリティという言葉が、近年ビジネス界を賑わせている。これらはまだ日本では社会貢献の文脈のみで捉えられがちだが、サーキュラー・エコノミー先進国であるオランダでは「コミュニティ発⇒大規模ビジネス化」という、社会的価値と経済的価値が両輪で実現できるような取り組みが起きている。

実際、日本ではサーキュラーとビジネスが場合によっては相反する要件として感じられることが多いのではと思うが、ここオランダではそのボーダーは無く、サーキュラー・エコノミー移行のモチベーションと同時に、当然のこととしてビジネス的な成長も目指していく姿は非常にロジカルで、爽快感すら感じる。

ここではそのような事象の好事例である、アムステルダム北の再開発地域の3つのサーキュラー・コミュニティ、De Ceuvel(デ・クーベル)Schoonschip(スコーンスキップ)、そして開発中のSAMPLE(サンプル)をご紹介する。

De Ceuvelが2012年、Schoonschipは2021年に完成、そしてSAMPLEは2023年からプロジェクト開始しており、これらは近隣に位置するが、実はこの完成した前者2つのプロジェクトは「コミュニティ」を通して繋がっている。そして更にその延長線上に3つ目の開発中プロジェクトSAMPLEがある、という話も含め、コミュニティ発のサーキュラー・エコノミー進化の文脈をご紹介できればと考えている(下図)


本稿では、まずはこれらのコミュニティの立地である、アムステルダム北地区の開発背景について、そのあとに3コミュニティとその繋がりをご紹介していく。それぞれ魅力的なスポットでもあり、読者の皆様も機会があればぜひ訪れていただきたいが、本稿を通して、少しでも訪れたような気持ちをお感じいただければ嬉しい。

(尚、筆者の所感は、Sustainable Event Network*1(運営:株式会社ジャパングレーライン)によるオランダサステナビリティツアー実施運営をお手伝いする中、何度も実際に現地を訪問したり関係者ヒアリングなど行う中で感じたものであり、その経験も踏まえ、現地の肌感覚をできるだけお伝えしたいと考えている。)

アムステルダム北地区

かつては工業地帯だった、アムステルダム北地区 【写真】Image from Stadsarchief Amsterdam 引用元)https://www.iamsterdam.com/en/explore/neighbourhoods/ndsm/then-and-now

アムステルダム北地区は、アムステルダム市街中心地と大きな運河で隔てられた地区で、歴史的には工場用地等として使われていた。オランダ経済の構造変化などにより工場が縮小したことで、その後は少しずつ住宅地として使われ始めたが、アムステルダム市街に距離は近いが大運河を隔てての交通アクセスが限られていたことなどから、低所得層や移民層等が集まってしまうこととなり、セキュリティ等の面でも市にとって課題となっていた。

そんな中、2015年頃から市全体でサーキュラー・エコノミー推進に取り組み始めたアムステルダム市は、この地区もサーキュラー・エコノミー都市としての開発の文脈で再開発に着手し、様々なスポットの開発を経て注目を集める地区となってきている。以下ご紹介する3コミュニティはすべて、この文脈にのっとってアムステルダム北地区に開発されたスポットである。

まずは小さく実験開始:De Ceuvel デ・クーベル

コミュニティイベントの様子 【写真】Courtesy of Space Matter

De Ceuvel*2は、2012年に完成した、造船工場跡地を活用したクリエイターオフィス、スタートアップ企業オフィス、カフェ等の小規模サーキュラーコミュニティ。期間限定(当初10年間)のプロジェクトとしてスタートしている。

アムステルダム市が、土壌汚染された土地活用の企画を募集し、民間企業やクリエイターが企画応募・コンペ参加することを経て実現したプロジェクトで、メインのスモールオフィス部分は、処理が難しい廃船をリノベーションしたものにしたり、負の遺産だった土壌汚染をアクアポニック(植物による土壌改善)で改善するなどの施策が特徴となっている。

元々期間限定だったのは、官民一体となった工場跡地の、再開発実験場的な位置づけだったこともあるが、クリエイターやスタートアップが入居したコミュニティが活性化し、時期ごとのイベント実施など含めうまく機能したことで、当初の10年からプラス2年の延長が決定されている。

各オフィスは廃船をリノベーションして作られている(画面左端)【写真】著者撮影

有志の集合体で中規模に展開:Schoonschip スコーンスキップ 

水に浮かぶ、サーキュラー水上住宅コミュニティ 【写真】Isabel Nabuurs

Schoonschip*3(オランダ語で「美しい船」の意)は、前述のDe Ceuvelから徒歩5分の立地にある、アムステルダムに張り巡らされた運河を利用したサーキュラー水上住宅コミュニティ(30ユニットに46世帯が入居)。
太陽光パネルとコミュニティ内でシェアする電力スマートグリッドを導入し、エネルギー自立性を担保するなど、全般でサーキュラー性を取り入れつつ、長年住宅探しが大変困難で地域課題になっている、アムステルダムの住宅逼迫にも対応する形となっている。また、「水上」であることで、温暖化や水面上昇などの環境変化にもフレキシブルなソリューションとして注目されている。

Schoonschipの成立がユニークなのは、有志のコミュニティ発の着想から始まっており、水上住宅という既存の規制枠内では実現できなかったアイディアを、2009年の着想から粘り強く政府や関係機関と交渉して、10年かけて実際に実現していった、というストーリーである。

筆者が何度か訪れた際、お話を伺った住民の方からは、「ここの全ては、1人の女性映画監督の”水の上で自分の理想の暮らしを実現したい”という思いから始まった」と聞く。彼女の意志に賛同したクリエーターや若手建築家たちが次々に参画し、やがてコミュニティとなり、共同の夢を実現していったそうだ。
このコミュニティには、実は前述のDe Ceuvel関係者も多く含まれている。この点で小さな実験であったDe Ceuvelプロジェクトからコミュニティが派生し、有機的に繋がっていったといえる。

また、プロジェクト着想時の2009年というのは、実はリーマンショック直後で、世界経済・オランダ経済が大きく停滞していた時期だった。活躍の場を失ってしまった若手建築家たちが、自分たちのプライベートでの夢の住宅実現と同時に、将来的には自身のショールーム的にもなりえる野心的なプロジェクトとして積極的に取り組んだ、という話もあった。
結果としてこのSchoopschipは、建築・サーキュラー・エコノミー界隈両面で注目されるプロジェクトとなり、この自己投資がブランディングにも寄与していった点は大変興味深い。

夏は運河で水遊びをする住民も多いとのこと! 【写真】Alan Jensen

●そして都市計画の規模へと進行中:SAMPLE サンプル

地域のサーキュラーハブとなる、SAMPLE完成予想イメージ 【イメージ出典】Vivid Vision

そして現在進行中のプロジェクトが、上記2プロジェクトから同じく徒歩5−10分の場所に計画されているSAMPLE*4だ。SAMPLEはサーキュラー特区の中の複合施設(住居・オフィス・商業施設)であり、「サーキュラー・ハブ」としてこの地区のコミュニティ広場的に機能するように設計されている。

SAMPLEは複数のスタートアップ、民間企業、団体が連携する合同プロジェクトだが、中核企業のうちの1社、デザインスタジオSpace & Matter社*5によると、やはりこのプロジェクトにもDe CeuvelおよびSchonschip関係者が多く携わっており、これまでのコミュニティ形成が大きく寄与しているという。
第1段階のDe Ceuvelでの実験、第2段階Schoonschipでの中規模化などの実績を経て、第3段階として、日本で言えばミニ◯◯ヒルズとも言えるような規模の都市計画に至っているといえよう。

ただし、日本でよく見かける開発モデルとの違いを挙げると、開発が大企業(ディベロッパー)起点ではなく、コミュニティ起点であるという点ではないだろうか。
SAMPLEは、スタートアップ等の企業・団体が10社以上連携して進めていることに加え、そもそもの開発計画における重要なポイントとして「住民と対話しながら作る」ことも挙げている。元々低所得地域だった対象地区の昔からの住民や、オフィス部分に入居予定サーキュラー・エコノミー系スタートアップなど、様々なステークホルダーとやりとりしながらプロジェクト進行しているのだ。

このコミュニティ視点は、計357戸が予定されている住居部分の構成にも繋がっており、住居部分は40%がソーシャルハウジング(低所得者層向け住宅)、40%は中価格帯、20%は自由価格、という設定になっている。これは、アムステルダム市のサーキュラー特区にかかわる規制でもあるとのことだが、コミュニティの成り立ち自体をインクルーシブにする取り組みといえる。

また、サーキュラー都市計画の観点においては、最近のサーキュラー建築のトレンドである「モジュール化」も採用している。木材などの建築資材をできるだけモジュール化することで、将来解体する際も解体しやすく、またその後新たに他の建築にも使われやすくなるようにしている。

なお、プロジェクト名称のSAMPLEは、ヒップホップ音楽の「サンプリング」からのインスピレーションとのことである。様々な(既存の)楽曲を組み合わせて新しい曲を創造するサンプリングと同様に、コミュニティの視点で、地域の歴史やサーキュラー性など、様々なものを反映させた都市開発がここでは行われている。

商業部分には、サーキュラービジネス事業者が入居予定 【イメージ出典】Vivid Vision

●終わりに:コミュニティ主導のサーキュラー都市開発

これらの事例からDe Ceuvel(ホップ)・Schoonschip(ステップ)・SAMPLE(ジャンプ)の3段階で、コミュニティ発の小規模な取り組みが有機的につながり、サーキュラー化・ビジネス化の両文脈で拡大していった流れをご理解いただけただろうか。

個人・スタートアップから、民間企業・自治体等、様々なステークホルダーがいる都市開発だが、このアムステルダム北地区の事例は、個人の意志とその集合体であるコミュニティがプロアクティブな動きをし、コミュニティとスタートアップやアムステルダム市(行政)がキャッチボールをすることで、官民両輪での発展が進んでいる。

そこにはオランダ人の、合理性を大切にして何事も「まずはやってみる」ところや、「自分のことは自分で決めたい」という考え方も寄与しているのではと感じる。また、コミュニティや個人を基盤とした地域開発を推進するスタートアップ等の存在も、これに寄与している(そのスタートアップも、同じコミュニティのメンバーが起業したりしている)。

今回ご紹介したアムステルダムのケースでは、行政(市)がサーキュラー・エコノミー化というビジョンの旗振りを行い、それも利用しながら地域住民個人の夢の実現が行われ、それぞれの取り組みがコミュニテイとして繋がり、大規模化・ビジネス化に至っている、というコミュニティ発の大きな流れがある。

日本でも、例えば東京の下北線路街再開発*6プロジェクトでの、地域と対話しコミュニティ視点を取り入れる開発手法が注目されつつあると聞く。
アムステルダムのコミュニティ発の流れが、本稿を通して少しでもリアルにお感じいただけたなら、そしてそれが今後の日本や各地での地域開発に何かしらご参考にもなるようであれば嬉しい。また、アムステルダムやオランダのサーキュラー・エコノミーにご興味を持たれた方は、機会があればぜひ訪れてみていただきたい。(Naoko Shozuzawa)


  1. 参考サイト⇒https://sustainable-event-network.com/ ↩︎
  2. 詳細参照⇒https://www.metabolic.nl/news/amsterdams-circular-living-lab-organisations-learn-from-de-ceuvel/,
    https://ideasforgood.jp/2020/01/28/de-ceuvel/ ↩︎
  3. 詳細参照⇒fbclid=IwAR3Z1RYNETSXEFKHxWTRAaIKOZ2LJVmejvREFm9SNwIJCHzHon-haZS4E9s ↩︎
  4. 詳細参照⇒https://www.spaceandmatter.nl/work/sample
    https://www.mecanoo.nl/News/ID/620/SAMPLE–Circular-district-shapes-winning-plan-for-Buiksloterham-in-Amsterdam ,
    https://kondorwessels.nl/en/nieuws-en/sample-the-winning-plan-from-kondorwessels-vastgoed-set-to-shape-new-circular-society/ ↩︎
  5. 詳細参照⇒https://www.spaceandmatter.nl/ ↩︎
  6. 詳細参照⇒https://senrogai.com/ ↩︎

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