クリエイターエコノミー の時代、創造的コミュニティが価値を牽引する:ポストパンデミック時代のブランディング#3
Keisuke Konishi
本記事は、株式会社ニュースケイプ代表取締役・小西圭介氏によるDIGIDAY寄稿(2021/4/9)記事となります。
ポストパンデミックが加速した大きなトレンドが、時間消費の変化だ。リモートワークによる仕事や休暇、家事やプライベートの時間の使い方など、人によっては1年前の生活が思い出せないほどの不可逆的な変化を遂げたかも知れない。
今回は、効率的なオンライン・デジタル消費へのシフトが進む一方で、人間的な幸福や生活の充実感の見直し機会が生まれ、あらためて認識されているふたつの価値にフォーカスして考えてみたい。
外出が減ってモノ消費への意欲が低減する傾向も見られるなか、パンデミック後も一貫して成長し続けているのが「創造的消費」の市場だ。たとえばコロナ禍の在宅生活で、DIY(Do It Yourself)市場が活性化して、日本でもホームセンター業界は、昨年の小売不況のなかで大きく売上を伸ばしている。在宅で突如生まれた時間を消費するために、テレビやNetflixなどの娯楽消費だけでなく、料理や創作などのクリエイティブな趣味活動を始めた人も多いのではないだろうか。
「消費」から「創造的消費」の価値へ
アルビン・トフラーが1980年に著書『第三の波』で、生産者と消費者を合わせた「プロシューマー」*1という概念を提唱して久しいが、21世紀の我々は、ソーシャルメディアとデジタルエコノミーの浸透によって、再び生産者と消費者がつながる社会を目の当たりにしている。
*1 プロシューマー:未来学者アルビン・トフラーが1980年に発表した著書『第三の波』のなかで示した概念で、生産者 (producer) と消費者 (consumer) とを組み合わせた造語。
もともと、近代化以前の農耕社会では、自分で作って消費するという形で、多くの場合で生産者と消費者が一致しており、消費者という経済的概念自体が、近代以降の大量消費社会のなかで生み出されたものであった。
デジタルで創造活動の民主化が進むとともに、生活者発信のソーシャルメディアがインフラとして社会に浸透するなかで、消費の価値もモノを買って消費するスタイルから、製品サービスを活用して、自分で価値を生み出すための「創造的消費」が重要な要素となってきた。
この10年でソーシャルメディアは自己表現のプラットフォームとして、生活者が自ら生み出すコンテンツ発信の主役化を促した。テスラ(Tesla)やApple、ナイキ(Nike)のような、熱狂的でエンゲージメントの高いブランドほど、そのシェアオブボイスを広告よりも、消費者発信の情報が大きく占めるようになっているのはご存知の通りだ。
映画やゲームなどのコンテンツ、趣味やスポーツ製品などでは、以前からこうした市場は明確であったが、注目すべきは、今日多くの消費市場において、こうしたユーザーの「創造的消費」をマーケティング・プロセスに組み込むことが欠かせなくなってきた点だ。
メディアの情報も、読者のレビューという活動を通じて価値が増幅され、製品サービスは生活者文脈の意味創造やコンテンツ化、ユーザー体験の共有によって新たな需要を生み出されている。消費者発信コンテンツは、ブランド価値に大きなインパクトを与えるほど、ますます影響力を持つようになっている。受験生とキットカット*2の例を持ち出すまでもなく、日々ユーザーがブランドの新たな意味を生み出しているのが今日だ。「意味のイノベーション」は、まさに創造的消費によってもたらされるのだ。
*2 日本で受験生がキットカットを「きっと勝つ」とお守りとして購入していたところから2002年に生まれた、ネスレ日本の消費者オリエンテッドな受験生応援キャンペーン。ホテルなど関連業界を巻き込んで大成功を収めて、バレンタインデー以外の大きな商機を生み出した。
今日のマーケティング活動においては、企業が製品や情報価値を創造するだけではなく、消費者の体験を「ユーザーサイドの創造プロセス」として捉え直して、積極的に支援することが必要になっている。これは企業主語の「ユーザー参加」などではなく、第1回の記事でも言及した、ブランドの価値をユーザーと共有しながら増幅する、「循環型」の価値の考え方につながるものだ。
米国IABは、UGC(ユーザー生成コンテンツ)がほかのメディアコンテンツよりも50%信頼度が高く、35%より記憶に残るという調査を紹介している*3。また近年は著名人のインフルエンサー・マーケティングへの受容性も変化しつつあり、英国UMの調査では、有名人のインフルエンサーのブランドへの発言を4%しか信頼していないというデータもある*4。人々はメディア広告や著名人よりも、リアルなユーザー発信のストーリーを求めるようになっているのだ。
*3 https://www.iab.com/insights/user-generated-content-for-marketing-and-advertising-purposes/
*4 https://www.thedrum.com/news/2019/05/09/only-4-people-trust-what-influencers-say-online/
「カスタマーサクセス」という概念は、商品やサービスの交換価値より、ユーザーの目的の実現に焦点を当てることで、使用・体験価値を最大化する継続型ビジネスの考え方だが、創造的消費市場が成長するなかで、ブランドはむしろ、サポートだけでなくユーザーの創造的機会や発信を支援するプラットフォームになっていくことが、真のサクセスにつながっていくだろう。
クリエイターツールを提供するアドビ(Adobe)や未来の「ビルダー」を育てるレゴ(Lego)などは、こうしたユーザーのクリエイティビティを支援・活用するビジネスとマーケティングの先駆者だ。
また、米国の美容ブランドであるグロッシアー(Glossier)も#GetReadyWithMeなどのプログラムで、ユーザーのリアルな要望の声をコンテンツ化して共感を生みながら商品開発にも反映し、「循環型」の価値のイノベーションに成功しているブランドのひとつである。
それだけではない。21世紀のブランディングの最大のトレンドが、ブランドの民主化・個人化であることは間違いないだろう。今日ではユーチューバーなど個人主導のクリエイターエコノミーと呼ばれる、コンテンツ発信ビジネスやD2C(Direct to Consumer)ビジネスを支援する多様なソーシャルメディア・プラットフォームが台頭しつつある。Clubhouse、TikTok、Twitch、Patreon(パトレオン)、Substack(サブスタック)やOnlyFans(オンリーファンズ)、Discord(ディスコード)などを始め、GAFAとは異なる新たなクリエイター経済圏が生まれ始めているのだ。
個人のカリスマ的経営者やクリエイターが強いエンゲージメントを生み出しているように、今日人々は、広告で作られた匿名のブランド・パーソナリティよりも、顔の見える個人の人格や思想、行動により支持・共感を示している。
企業やブランドも、こうした新しい経済圏を認識してクリエイターを味方につけ、支援するプラットフォームビジネスを展開するなど、創造的消費者と価値共創を進化させていくことが今後必須になっていくだろう。
こうした現代の創造的消費を成り立たせるうえで欠かせないのが、ユーザー創造活動の起点となる目的(パーパス)と実現手段である製品サービスの価値提供だが、もちろんそれだけでは不十分だ。とくに大事なのが、目的や関心を共有し、創造的消費を価値化するコミュニティ・プラットフォームだ。
パンデミックは、SNSでつながりを持ちながら人が孤独になってしまう傾向を顕在化させ、一方通行になりがちな繋がり(Connection)から、嗜好や価値観・目的や行動を共有し、互いに承認し、支え合うコミュニティ(Community)の重要性があらためて認識された。
今日のブランドはデジタルで顧客と直接つながることが容易な時代になったが、それ自体が必ずしもリーチ効率以上の価値を生み出しているわけではない。
実際Facebookなどのプラットフォーマーも、エンゲージメントが低下するなか、目的志向のコミュニティ・プラットフォームに価値の軸を移しつつあるが、広告ビジネスの域を抜けきれていない。
いっぽうGitHub(ギットハブ)やLinkedIn(リンクトイン)を所有するマイクロソフト(Microsoft)は、最近米国でTikTokやPinterstの買収に失敗したあと、クリエイターハブとなっている、ゲーム専用チャットアプリのDiscordの買収交渉を進めている。今後のクラウドコンピューティング市場の成長は、視聴者や消費者よりも、独自のコンテンツを生成している人々が牽引するというわけだ。同社のサティア・ナデラCEOはブルームバーグ(Bloomberg)のインタビューで、創造的コミュニティを所有する戦略的重要性を語っている。
「創造、創造、創造。今後10年間は、消費とその周辺のコミュニティだけでなく、より創造に関わっていくでしょう。〜過去10年間が消費に関するものであったとき、買い物を増やしたり、ブラウジングを増やしたり、ドラマの一気見をしたりしているとき、すべての背後に創造物があります。しかし我々は、その現象がはるかに民主化されつつあるのを見ています」 *5
*5 https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-03-24/microsoft-ceo-hunts-anew-for-creator-hub-in-discord-after-tiktok-bid-fails
ハーレー・ダビッドソン(Harley-Davidson)やGoPro、そしてPeloton(ペロトン)などのブランドの成長を牽引しているのがユーザーの創造的コミュニティであることはよく知られている。これらのブランドは、モノを売るだけではなく、コミュニティを通じたユーザーの自己表現や賞賛・自己実現を支えるプラットフォームとして独自価値を生み出している。
米国発のフィットネスプラットフォームのPelotonは、ユーザーやインストラクターの独自の体験発信や自己実現を支援するハードウェア+コンテンツ&メディアカンパニーとして、いわゆるSaaS+ a Box*6のプラットフォームを基盤としているが、これはまさに創造的消費の時代のブランドモデルだと言えるだろう。
*6 Saas + a Box:ハードウェア購入+サービスのサブスクモデルを組み合わせたビジネスを指す。
日本のカメラメーカーがユーザー離れで市場を失ったのは、スマホの侵食が最大の原因ではあるが、製品を買わせるマーケティングから充分脱却できず、自らコミュニティを形成するユーザーが多数存在しながら、その創造活動や上達・成長の喜びをサポートするプラットフォームにビジネスモデルをシフトしきれていないことにあると思う。
今後のビジネスでは、コミュニティのないブランドはコモディティとなっていくだろう。なぜなら、価値観や目的(パーパス)を共有するコミュニティは、売買される「消費財としての価値」ではなく、目的を実現するための代替の効かないユーザーの「コモンズ(共有財)としての価値」を生み出すことができるからだ。
そこでは、パーパスを軸に企業のインナーコミュニティも、顧客や地域社会などアウターコミュニティも共創者となってくれるような、人間的・社会的価値による求心力を生み出すことが肝心となる。
近年ファンベースの発想が着目されているが、こうした観点でもっと拡張して考えていくべきだろう。表層的なマーケティングのためのコミュニティが目的になるのは貧しい。消費者を価値創造の主体者・仲間・パートナーとして、ブランドサイドが関わりを変えていくことが大事だ。
筆者は2013年に『ブランドコミュニティ戦略』*7という本を書いたが、そこでは企業が中心にコミュニティを創ることを暗黙の前提にしていた。しかし今日は意思と目的を持った個人が、主体的に創造的コミュニティを生み出している時代だ。それを企業やブランドがどう支援していけるのか、支えるプラットフォームを形成できるかという発想で共創を進化すべきだろう。
*7 「ブランドコミュニティ戦略」(小西圭介著:ダイヤモンド社)
最後に言及しておきたいのがローカルコミュニティだ。地域のコミュニティは地縁や血縁に基づく、ある意味固定的なコミュニティであるが、そこに煩わしさを感じる人も多く、都市への流出を招いてきた。これは今日も外部の人への求心力を生み出すうえでの問題でもある。
企業やブランドが、今日の目的主導のビジネスを通じて社会的役割を果たしながら、地縁を超えて地域の潜在価値を生み出す、価値ベースの緩やかなコミュニティを掛け合わせていく。それによって、ビジネスであれ居住であれ、創造活動の場であれ、さまざまな地域コミュニティとの関わり方を選べるのが、21世紀的なコミュニティのあり方ではないだろうか。