
「インフルエンサー疲れ」は何を意味するのか クリエイター主導型マーケティングの転換点
クリエイター経済の拡大とともに、インフルエンサーを活用したマーケティングは、企業にとって欠かせない手法の一つになった。一方で、SNS上にあふれる広告投稿や、インフルエンサーの振る舞いに対して、消費者の反発も目立ち始めている。「インフルエンサー疲れ」と呼ばれるこの現象は、クリエイターマーケティングの先行きを考えるうえで、無視できないテーマとなっている。
2026年7月、米マサチューセッツ州ナンタケット島にある工芸品店「フォー・ウィンズ・クラフト・ギルド」が、店頭に「インフルエンサーお断り」と書かれた看板を掲げた。この看板はSNSで拡散され、米『ニューヨーク・タイムズ』紙でも取り上げられるなど、大きな議論を呼んだ。
店主のジョン・シルビア氏は、インフルエンサー文化の広がりをユーモラスに表現したものだと説明した。しかし、店のInstagram投稿には賛否さまざまな反応が寄せられた。インフルエンサーの横柄な態度に対する中小店舗の反発と受け止める人がいる一方、インフルエンサーを一括りに排除することへの疑問もあった。
投稿には、看板に反発するインフルエンサーを皮肉るコメントが集まり、800件を超える「いいね!」を獲得したものもあった。一方、フォロワー約44万人のライフスタイル系インフルエンサー、ステファニー・ハンナ氏は、ナンタケット島を訪れた際に看板を目にし、自分らしくいることに一瞬ためらいを感じたと投稿した。撮影を禁止したいのであれば、「写真や動画の撮影禁止」と明示すればよいのではないか、とも提案している。ただし、この投稿への「いいね!」は335件にとどまった。
この一件は、インフルエンサーをめぐる社会の受け止め方が変化していることを象徴する出来事として注目された。メディアでは「インフルエンサー疲れ」という言葉が使われ、ブランドから提供された豪華な旅行やイベントの様子がSNSに次々と投稿される状況に、消費者がうんざりしているという見方が広がっている。しかし、インフルエンサーの影響力が衰えていると判断するのは早計だ。10代から若年成人の72%がSNSでインフルエンサーをフォローしており、消費者の58%はインフルエンサーの推奨をきっかけに商品を購入した経験があるという調査結果もある。
企業側の投資意欲も依然として高い。全米広告主協会(ANA)のデータでは、米国のクリエイター経済における広告支出は2026年に439億ドルに達すると予測されている。また、ブランドの約80%が、常時1〜10人のインフルエンサーと協業している。クロックスやアメリカン・イーグルなども、若年層との接点を広げるためにクリエイターを活用している。
一方、フォロワー数50万人以上のクリエイターの半数超が、ブランド側の要求とフォロワーが期待する内容との間にギャップを感じていると報告している。ブランド投稿が増えすぎれば、クリエイター本来の魅力が薄れ、フォロワーとの関係にも影響しかねない。インフルエンサーマーケティングの拡大と、消費者の違和感は、同時に進行しているのである。

広告投稿の増加と、問われるコストパフォーマンス
Sprout Socialの調査によると、マーケターの80%以上が今後6〜12カ月の間にインフルエンサー関連予算を増やす計画だ。ブランド認知を効率よく高める手段として、クリエイターとの協業はすでに一般的なマーケティング施策となっている。
ただし、投資対効果をめぐる状況は変わりつつある。手の込んだPRパッケージや高額なブランド招待旅行、インフルエンサーへの報酬上昇などにより、協業にかかる費用は以前より増加している。さらに、ブランドとクリエイターの仲介や管理を担うプラットフォームも相次いで参入している。Metaも、企業がクリエイターとの提携先を探し、関係を管理するためのツール群を提供し始めた。
猫用自動トイレ「Litter-Robot」のメーカーであるWhiskerのCMO、ヒュー・ロイド氏は、インフルエンサーマーケティングの変化について、当初は優れたコンテンツを生み出すことが中心だったが、プラットフォームやアルゴリズムの変化を経て、現在は一つのビジネスモデルとして確立されたと説明する。市場が成熟したことで、クリエイターの管理や契約を仲介する代理店が増え、ブランドにとっての参入コストも高くなったという。
Whiskerでは、インフルエンサーとの関係を社内で管理している。同社にとってクリエイターは重要なマーケティングパートナーだが、こうした体制は業界全体では少数派だ。ANAの調査では、インフルエンサーとの関係を社内で管理するマーケターは16%にとどまる。52%は社内と外部パートナーを組み合わせ、32%は主に外部の事業者に委託している。
ロイド氏は、インフルエンサーへの商品提供についても、必ずしも高額な投資とは限らないと指摘する。たとえば、同社製品の「Litter-Robot」をクリエイターに提供することは、単体で見れば高価な贈り物に思える。しかし、他の広告プラットフォームに支払う費用と比較し、事業全体の規模で捉えれば、必ずしも大きな負担ではないという。
一方で、同氏はインフルエンサー疲れそのものは実際に起きていると認める。ただし、その原因を考えるには、現実の場所でインフルエンサーを目にする場合と、SNSのフィード上で投稿を見る場合を分けて捉える必要があるという。インフルエンサーが多く訪れるメキシコのトゥルムでの経験を例に挙げると、マイクやリングライトを持ち込み、スマートフォンに向かって話し続ける姿は、周囲の人々の体験を妨げ、自分自身をその場の主役にしてしまうように映る。そのため、無礼で煩わしいと感じられることがあるという。
一方、SNSのフィードに流れる広告投稿については、事情が異なると同氏は見る。マーケティングは、単純にフォロワー数の多い人物を起用する方法から、特定の関心領域やコミュニティとの親和性を重視する方向へ移行している。実際、ブランドがクリエイターを選ぶ際、フォロワー数は重視項目の中で最も低い位置にあり、ブランドとの適合性が最も重要な要素となっているという調査もある。
今後はフォロワー数を増やすことよりも、アルゴリズムを通じて広く届く質の高いコンテンツを制作することに、クリエイターのインセンティブが移っていくと予測される。こうした変化は、過剰な広告投稿を抑え、消費者が感じる疲労を軽減する可能性がある。
代理店、クリエイター自身が見る「疲れ」の正体
インフルエンサー市場の拡大に伴い、ブランドとクリエイターを仲介する代理店も増加してきた。代理店は、適切なクリエイターの選定から報酬の調整、契約後の日常的な管理までを担う。一方、マーケターの約3分の1は、かつて代理店に委託していた業務を社内管理へ切り替えている。変更理由の上位には、費用対効果への懸念が挙げられている。
ソーシャルメディアマーケティング企業Viral Nationの共同創業者兼共同CEO、マシュー・ミケリ氏は、インフルエンサー疲れは確かに存在するものの、適切なパートナー選びやデータ活用によって回避できる部分もあると話す。
ミケリ氏が原因の一つとして挙げるのは、メガクリエイターよりも、フォロワー数が中規模のクリエイターによる大量のブランド投稿だ。こうしたクリエイターは、本業や副業として活動を成り立たせるため、多数の企業案件を受ける必要がある。報酬が数百ドル程度の案件もあり、収益を確保するには投稿数を増やさざるを得ない場合がある。同氏によれば、トップクラスのクリエイターはブランド投稿の頻度を慎重に調整する傾向がある。一方、一般的なマイクロクリエイターは、月に30〜60件もの投稿を行うこともある。個々の案件の報酬が小さいため、投稿量を増やす必要があり、その結果、フォロワーのフィードに広告コンテンツが過剰に流れ込むことになる。
消費者が感じる不快感は、こうした投稿の多さだけではない。友人や家族と食事を楽しんでいる場所にリングライトが持ち込まれるなど、周囲の人々の時間や空間を顧みない行動も、反発を招く要因となっている。
一方、ブランド側にとっては、インフルエンサーマーケティングの効果を正確に測定しにくいという問題もある。Viral Nationの共同創業者兼共同CEO、ジョー・ガグリエーゼ氏は、インフルエンサー疲れによって効果が低下しているかどうかを判断するには、過去の状態を比較できる基準値が必要だと指摘する。現状では、そうした変化を断定できるほど正確な測定が行われているわけではないという。
さらに、AIインフルエンサーの登場も、消費者の不信感を強める可能性がある。ガグリエーゼ氏は、SNS利用者が合成されたキャラクターやコンテンツを、通常の制作物と同じように受け止めるようになれば、クリエイターの人間らしさや個性が失われかねないと懸念する。クリエイターの魅力の根幹にある「人間らしさ」が損なわれれば、マーケティング手法としての価値にも影響するという見方だ。
こうした問題は、クリエイター自身にも及んでいる。TikTokで「Mafe Anzures」として活動するマリア・フェルナンダ・アンズレス氏は、2020年に初めてPRパッケージを受け取った。当時はインフルエンサーという存在がまだ少なく、最初に商品を送ってくれたブランドの一つが、立ち上げ間もないK18だったと振り返る。自身のアパレルブランドを宣伝する目的でコンテンツ制作を始めた後、ライフスタイル系クリエイターとして、旅行やイベントなど日常の出来事を発信するようになった。さらに、インフルエンサーを目指す人に向けた「Influencer Bootcamp」という動画シリーズを開始したところ、これが人気を集めた。最初の動画を投稿した直後にフォロワーが5万人増え、その後も数本の投稿で2万〜3万人ずつ増加したという。
現在、アンズレス氏のTikTokフォロワーは60万人を超える。シリーズの人気をきっかけにブランドや代理店から注目され、Viral Nationと契約。Roxyのブランド招待旅行にも参加した。活動初期には動画1本あたり30ドルで仕事を引き受けていたが、現在はブランド契約の報酬が数千ドルから数万ドルに達することもある。
ただし、フォロワーや案件が増えるほど、コンテンツ制作の負担も大きくなる。インフルエンサーは自営業者として、自分自身の生活や経験を商品価値に変えていく必要がある。アンズレス氏は、撮影や編集、仕事に追われるうちに、数字やプラットフォームに振り回され、本当に大切なことを見失いそうになると語る。
ネガティブな反応に過度に影響されないよう、コメント欄から距離を置くこともある。また、PRパッケージで受け取った商品は、開封動画で紹介した後に寄付したり、人に譲ったりすることも多い。投稿するのは、自分がその商品を気に入っているからであり、制作にかかる時間や労力に見合う価値を感じているからだという。
アンズレス氏は、すべてのインフルエンサーに同じことが当てはまるわけではないとしながらも、撮影や編集に費やす時間と、コンテンツ制作から得られる価値を自分自身が理解していることが重要だと話す。
ブランドによるクリエイターとの長期的な協業が進み、AIがユーザー生成コンテンツを参照する機会も増える中、アンズレス氏のようなクリエイターは今後もマーケティングの重要な担い手であり続けると考えられる。しかし、SNSのフィードが広告投稿で埋まり、PRパッケージやブランド体験がますます豪華になるほど、どこまでが適切な投資で、どこからが過剰なのかという問いは避けられない。
インフルエンサー疲れは、消費者だけの問題ではない。ブランドには費用対効果と適切なパートナー選びが問われ、代理店には透明性や仲介価値が求められる。クリエイター自身も、フォロワーの期待と企業の要望、継続的なコンテンツ制作の負担との間でバランスを取らなければならない。
インフルエンサーマーケティングが衰退していると結論づけることはできない。むしろ、活用が一般化したからこそ、投稿量や起用基準、ブランドとの関係性を見直す段階に入ったといえる。ナンタケット島の小さな店に掲げられた看板は、クリエイター主導型マーケティングが次の成長段階へ進むうえで、何を変えるべきかを問いかけている。(出典:MARKETING DIVE、画像:UNsplash、iStock)
















