
私を縛る“らしさ”の正体─ジェンダーから考える人生設計
「男らしく」「女らしく」という言葉は、いまや古びたものに聞こえる。企業はダイバーシティを掲げ、自治体は女性活躍を打ち出し、父親の育休も珍しいニュースではなくなった。
だが、その言葉が古く見えることと、私たちの人生からその影響が消えたことは同じではない。むしろジェンダーは、より見えにくい形で、人生の細部に入り込んでいる。何を着るか。どのように話すか。どんな仕事を選ぶのか。誰と暮らすのか。子どもを持つのか。親の介護を誰が担うのか。年を取ったとき、誰に頼ってよいのか。
ジェンダーとは、単に男女の差をどう扱うかという問題ではない。それは、人が自分の人生をどこまで自分で設計できるのかという問いである。この問いが切実なのは、ジェンダー平等が「よい理念」ではなく、いまや経済、地域、医療、テクノロジーの持続可能性と直結し始めているからだ。
世界経済フォーラムの「Global Gender Gap Report 2025」で、日本は148か国中118位にとどまった。G7では最下位が続き、教育や健康では比較的高い水準にある一方、政治と経済参加の遅れが順位を押し下げている。1
これは、日本社会に女性の能力が足りないという話ではない。能力があるにもかかわらず、意思決定の場に十分に配置されていないという話である。問題は「女性がもっと頑張るべきだ」という個人論ではなく、社会がどのような働き方を標準とし、どのような家族像を前提にし、どのような人に役割期待を想定し、どのような人をリーダーとして認識してきたのかという設計の問題である。
歴史を少し引いて眺めると、「男らしさ」や「女らしさ」は人間の本質というより、時代ごとに編集されてきた社会的なラベリング(=ブランド)に近い。じっさい、社会システムの変化は、ジェンダーの役割を大きく変えてきた。たとえば農業社会では、家族単位で生産と生活が結びつき、男性は重労働や対外的役割、女性は出産・育児・家内労働を担うという分業が固定されていった。また産業革命によって工場労働が広がると、賃金労働は男性中心、家庭は女性中心という「性別役割分業」が強まった。
戦争期には男性が兵士として動員され、女性が工場・事務・医療などに進出し、女性の社会参加が拡大した。そして教育制度、選挙権、雇用法制の整備により、女性は政治・職業領域へ進出し、男性にも育児参加が求められるようになった。さらに21世紀のソフト・サービス業化の進展は、コミュニケーションや創造性重視への転換をもたらした。女性のジェンダーロールは「家庭的なケア役割」の専業から、「柔軟な働き方を活かした多様なキャリア形成」へと変化してきている。つまり社会システムの変化はジェンダーの役割を変化させ、その時代にあった「望ましい男」と「望ましい女」がつくられてきたのだ。
一方で、20世紀の企業社会において望まれた、支配的で望ましい男性像を社会学では「覇権的男性性」と呼んできた2。稼ぐ、耐える、支配する、感情を見せない、異性愛的である、家族を養う。こうした男性性は長く標準として扱われてきたが、雇用、家族、ケア、テクノロジーの条件が変わるなかで、もはや十分に機能しなくなっている。
いま、その脚本は世界中で書き換えられている。ただし、一直線に進歩しているわけではない。女性の教育水準は上がり、労働参加は進み、企業は多様性を語るようになった。一方で、若い男性の一部には伝統的な性役割への回帰も見られる。ジェンダー平等の次の争点は、「男女は同じか違うか」ではない。男らしさと女らしさを、誰が、何のために、どのように定義し直すのかである。
女性性は弱さではなく、組織の能力・知性へ
20世紀の多くの社会で、女性性は家庭と結びつけられていた。優しさ、気配り、協調性、忍耐、献身。それらは美徳として称賛されながら、同時に女性を家庭内の役割に押し込める言葉でもあった。だが近年、この意味づけは変わりつつある。
米国で1946年から2018年までの世論調査を統合した研究3では、女性は一貫して男性よりも「共同性」、つまり思いやりや感受性、協調性に優れていると見られてきた一方、能力や知性に関する評価は時代とともに大きく変化している。女性性は「能力の欠如」ではなく、むしろ組織を維持する能力として再評価され始めている。
これは、社会が必要とする能力そのものが変わったことを意味する。かつての企業は、命令し、競争し、長時間働き、上から下へ指示を流す男性型のリーダーシップと相性がよかった。だが、知識労働、サービス産業、医療・福祉、教育、プロジェクト型組織、リモートワークの時代には、異なる能力が重要になる。
人の感情を読み、関係性を調整し、多様なメンバーをまとめ、心理的安全性をつくる力である。かつて「女性的」とされ、軽く見られてきた資質が、いま組織を壊さないための知性として評価されつつある。

ただし、ここには罠もある。女性に「共感的であれ」「ケアせよ」「場を和ませよ」と期待し続けるなら、それは新しい形の負担になる。会議の空気を整える、若手の相談に乗る、チームの衝突をなだめる、顧客や同僚の感情を受け止める。こうした仕事は、感情労働として組織を維持するうえで不可欠であるにもかかわらず、評価や報酬に反映されにくい。4本当に必要なのは、女性性の再評価ではなく、ケア的能力をすべての人間に開き、それを正式な能力として評価することである。
SNSはこの変化を加速させた。出産後のキャリアの中断、家事育児の偏り、月経や更年期の語りにくさ、職場での感情労働。かつて個人の不満として処理されていた経験が、社会に共有される問題として可視化された。
一方でSNSは、女性性を別の形で再商品化する。完璧な母親、若く美しい女性、気の利く妻、仕事も家庭も美容もこなす女性。古い「女性らしさ」は、家庭や職場から消えたのではない。アルゴリズムに乗って、より見栄えのよいライフスタイルとして再流通している。
男性性の危機とは、古い強さの定義が機能しなくなったこと
「男性性の危機」という言葉がある。だが、男性が突然弱くなったわけではない。社会が男性に求めてきた強さの定義が、現代の現実と合わなくなっているのだ。
20世紀型の男性性は明快だった。稼ぐこと。競争すること。リスクを取ること。感情を抑えること。家族を養うこと。このモデルは、工業社会、企業社会、核家族、年功序列、男性稼ぎ主モデルと結びついていた。だが、雇用は不安定化し、賃金は伸び悩み、女性の教育水準と就業機会は高まり、家族を一人で養うモデルは現実的ではなくなった。にもかかわらず、男性にはいまも「強くあれ」「稼げ」「頼るな」という期待が残る。
その期待は、ときに男性を孤独にする。男性性規範と孤独の関係を扱った米国の2024年のレビュー調査では、独立性、感情的ストイシズム、痛みへの忍耐を重視する伝統的男性性が、男性の孤独や社会的つながりの不足を高める可能性を指摘している5。男性優位の社会は、確実に男性に特権を与えてきた。だがその特権は条件付きだった。弱音を吐かないこと。失敗しても助けを求めないこと。感情を言葉にしないこと。家庭より仕事を優先すること。頼られる側であり続けること。つまり、古い男性性は、男性から「ケアされる力」を奪ってきた。
近年の男性性研究では、この限界を乗り越える概念としてケアする男性性(Caring Masculinities)が論じられている6。これは、男性性を支配や競争から切り離し、育児、介護、感情表現、弱さ、関係性への責任を男性の生き方の中に取り戻そうとする考え方である。女性を家庭から解放するためには、男性をケアから遠ざけてきた男性性も更新しなければならない。必要なのは、男性性の否定ではなく、ケアする男性性への転換である。

SNSはこの男性性の揺らぎを、しばしば過激な物語へ変換する。自信を失った若い男性に対して、「男らしさを取り戻せ」「女性に奪われた地位を回復せよ」というメッセージは強い吸引力を持つ。こうしたオンライン空間は、しばしばマノスフィア(男らしさ、女性嫌悪、反フェミニズム運動を推進するサイトやコミュニティの集合体)と呼ばれる。そこでは、男性の孤独や不安が、反フェミニズムやオンライン・ミソジニー(デジタル空間における女性蔑視、女性攻撃、ジェンダー化されたヘイトを指す)へと接続される。
Common Sense Mediaの2025年レポートは、思春期の男子がオンライン上の男性性コンテンツに接している状況を調査している。7いわゆる“manfluencer”と若い男性の女性蔑視的態度との関係を検討した研究も、ソーシャルメディア上の男性性インフルエンサーがジェンダー平等への態度形成に影響しうることを示している8。男性性はもはや家庭や職場だけで形成されるものではない。プラットフォーム上で、怒り、不安、孤独を燃料にして再生産される産業にもなっている。
この問題は、女性の不平等を相対化するために持ち出すべきものではない。むしろ、ジェンダー平等の射程を広げるために必要である。女性を家庭から解放するためには、男性を「稼ぎ手であり続ける義務」からも解放しなければならない。男性がケアすること、ケアされること、弱さを共有することを許されない社会では、結局、ケアの負担は女性に戻ってくる。
若い世代ほど進歩的、という誤解
ジェンダーの議論には、暗黙の進歩史観がある。年長世代は保守的で、若い世代ほどリベラル。時間が経てば、平等は自然に進む。そう考えたくなる。しかし、最新の調査はもっと複雑な現実を示している。
2026年にIpsosとKing’s College LondonのGlobal Institute for Women’s Leadershipが29か国・約2万3000人を対象に行った調査では、Z世代男性の31%が「妻は常に夫に従うべきだ」と答え、33%が「重要な決定では夫が最終決定権を持つべきだ」と回答した。9ジェンダー平等への反発は、単に高齢世代の古い価値観ではない。
なぜ若い世代の一部で、伝統的な性役割への回帰が起きているのか。背景には、経済的閉塞感、恋愛や仕事における自信の喪失、オンライン空間で流通する「男を取り戻せ」という物語がある。
現代の反フェミニズムは、古い家父長制の亡霊であると同時に、新しい不安産業でもある。SNSや動画プラットフォームは、複雑な社会問題を「男が弱くされた」「女が得をしている」という単純な物語に変換する。そこでは、ジェンダー平等は協力のプロジェクトではなく、ゼロサムの奪い合いとして描かれる。
ただし、SNSを単なる悪者にするのも誤りだ。SNSは、性別に違和感を持つ人、従来の家族像に収まらない人、育児する父親、働く母親、非婚を選ぶ人、ケアを分担する家族に可視性を与えた。多くの人にとって、それは「自分だけではなかった」と知る場でもある。問題は、同じプラットフォームが、解放と反動の両方を増幅することだ。ジェンダーの未来は、世代交代だけでは解決しない。問われているのは、若い世代にどのような男性性と女性性の物語を提示できるかである。
男女差はあるが、人生を割り振るほど大きくはない
ジェンダーを語ると、必ず「男女は違うのだから」という反論が出る。この反論には、半分の真実と、大きな飛躍がある。もちろん、身体的・生物学的な差は存在する。平均的な筋力、妊娠・出産、ホルモン、疾患リスクなど、無視すべきではない差はある。問題は、その差をもとに、仕事、リーダーシップ、感情表現、家事、育児、政治参加、人生の選択肢まで割り振ってよいのかということだ。
心理学者Janet Shibley Hydeの「Gender Similarities Hypothesis」は、この点で重要な知見を与える。多数のメタ分析を整理したこの論文は、心理的特性の多くにおいて男女差は小さく、男女間の差よりも、同じ性別内の個人差の方が大きいことを示している。10
科学が示しているのは、男女がまったく同じだということではない。むしろ、差はあるが、その差をもとに人生の脚本を先に配るほど、人間は単純ではないということだ。この視点は、ジェンダー平等をより成熟した議論にする。「男女差はない」と言い切る必要はない。「男女差はある。だからこそ、個人差を見ずに性別で決めつけるのは非科学的だ」と言えばよい。

近年、ジェンダード・イノベーション(G.I.)という研究分野では、セックス(生物学的に生まれ持った性別)とジェンダー(社会・文化によって作られる性別価値観)を冷静に区別し、あらゆる分野のリサーチ過程におけるバイアスを是正することで社会により新しい価値をもたらすことを目指している。(過去記事を参照)
妊娠する可能性がある身体を職場はどう扱うのか。月経や更年期を医療や労務管理はどう位置づけるのか。男性のメンタルヘルスや孤独を社会はどう支えるのか。トランスジェンダーやノンバイナリー(自身の性自認や性表現を「男性」または「女性」の二者択一の枠組みにあてはめない)人々の身体と自己認識を、制度はどこまで尊重できるのか。ジェンダーとは、身体そのものの問題ではない。身体を社会がどう読み、どの身体にどんな役割を期待し、どの身体を標準と見なしてきたのかという問題である。
高齢化社会では、この身体の問題がさらに切実になる。老いは、性別によって異なる経験として現れる。女性は平均寿命が長い一方で、非致死性の疾患や障害を抱える期間が長くなりやすい。男性は早期死亡や孤独、ケアへのアクセスの不足に直面しやすい。高齢化とは、単に高齢者が増えることではない。身体の衰え、介護、医療、孤独、住まい、地域とのつながりが、ジェンダー化された形で社会に現れることである。特に、高齢男性の孤独問題などは深刻な社会問題になってきている。
さらに近年は、年齢差別が性別によって異なる形で現れる「ジェンダー化されたエイジズム」も論点になっている。女性は若さや外見を失うことで不可視化されやすく、男性は退職後に稼ぎ手としての役割や社会的つながりを失いやすい。医療や介護の制度設計も、「標準的な高齢者」を一つに想定するのではなく、性差とジェンダー差の両方を見なければならない。
女性の役割は、交代ではなく加算されてきた
日本社会のジェンダー変化を考えるうえで、興味深い研究がある。2025年に発表された研究は、1900年から1999年までの日本語コーパス(実際に使われている日本語の文章や会話を大量に収集し、コンピュータで検索・分析できるように整理した言語データベース)を用いて、単語埋め込みによってジェンダー・ステレオタイプの変化を分析した。結果は示唆的だ。「仕事」や「政治」は時代とともに女性との結びつきが強まった。しかし同時に、「家庭」もまた女性との結びつきを強めていた11。
これは、日本のジェンダー変化が「家庭から仕事へ」という単純な移行ではなかった可能性を示している。女性は家庭の役割から解放されて仕事に出たのではなく、家庭を担ったまま、仕事や政治の役割も加えられていった。日本の近代化は、女性の役割を減らしたのではなく、増やしたのだ。
この構図は、働き方の変化によってさらに複雑になっている。リモートワークやハイブリッドワークは、通勤時間を減らし、育児や介護と仕事を両立しやすくする可能性を持つ。

2025年のリモートワークと女性の労働供給に関する研究は、夫の在宅勤務機会の増加が妻の就業確率を押し上げ、家庭内の育児時間の再配分を促す可能性を示している12。柔軟な働き方は、単に個人の利便性を高めるだけでなく、家庭内の役割配分にも影響する。
しかし、柔軟な働き方は自動的に平等を生むわけではない。リモートワークが「家にいる人が家事も育児も引き受ける」という暗黙の期待と結びつけば、むしろ負担は増える。出社している人が評価され、在宅の人が見えにくくなるなら、柔軟性は昇進機会の格差にもなりうる。
重要なのは、どこで働くかではなく、成果、評価、ケア責任、会議設計、昇進条件をどう見直すかである。人生の編集権とは、抽象的な自由ではない。自分の時間をどれだけ自分のものとして使えるかという、極めて具体的な問題である。
日本の遅れは、能力ではなく配置の問題である
日本のジェンダーギャップが大きい理由は、女性の能力不足ではなく、配置の偏りにある。教育や健康の水準が高いにもかかわらず、政治や経済の意思決定層に女性が少ない。企業の役員会、管理職、政治、自治体、業界団体、地域の意思決定。そこに誰が座っているのかが、社会の優先順位を決める。女性が意思決定の場に少ないということは、社会の半分の経験が制度設計に十分反映されていないということである。
企業社会におけるジェンダー平等は、長く「女性を増やす」こととして語られてきた。もちろん、それは必要だ。だが、問うべきは、その「管理職」や「リーダー」の像が、誰の生活を前提に設計されているのかということだ。
長時間働ける。急な出張に応じられる。転勤できる。夜の会食に出られる。家庭内のケア責任を誰かに任せられる。弱さを見せず、常に競争的で、成果によって自分の価値を証明し続ける。それは、本当に中立的な能力なのだろうか。
賃金格差も同じである。それは単に、同じ仕事をしている男女に違う賃金を払っているかどうかだけでは説明できない。採用、配属、育成、評価、昇進、転勤、出産・育児後のキャリア、非正規雇用への偏り、管理職登用の遅れ。無数の分岐点で生まれた差が、最終的に賃金という数字に現れる。
とりわけ親になることは、男女で逆方向に評価されることがある。母親になることで賃金や昇進に不利が生じる「母親ペナルティ」に対し、父親になることで責任感や安定性を評価される「父親プレミアム」13が働く場合がある。ここには、職場が母親をリスクとして読み、父親を責任の証明として読む非対称性がある14。
日本では2026年4月から、常時雇用する労働者101人以上300人以下の企業にも、男女間賃金差異や女性管理職比率に関する開示義務が広がった15。賃金とは、組織が誰に期待し、誰に経験を与え、誰を将来のリーダーとして見てきたかの履歴である。だから賃金格差の開示は、企業が自らの人材観を可視化されるということだ。
さらに高齢化は、この配置の問題を企業の外側にも広げている。日本の地域社会では、介護、見守り、自治会、親族関係、地域活動の多くが、明示されないまま女性の時間に依存してきた。高齢化が進むほど、その負担は重くなる。
もし女性が職場でも地域でも家庭でもケアを担い続けるなら、女性活躍は空疎な言葉になる。高齢化社会におけるジェンダー平等とは、女性を労働市場に参加させることだけではない。ケア、地域、医療、介護、住まいを含む社会の維持コストを、誰がどのように担うのかを再設計することである。
AIはジェンダーを中立化しない
AIは、ジェンダーにとって希望にもリスクにもなる。希望は明らかだ。AIは、場所や時間の制約を下げる可能性がある。育児や介護をしながら働く人、地方に住む人、職場で十分な機会を得られなかった人に、学習、創作、事務処理、翻訳、分析の新しい道具を与えるかもしれない。
UN WomenとUN DESAの「Gender Snapshot 2025」は、デジタル・ジェンダー格差を埋めることで、世界で3億4,350万人の女性・少女が恩恵を受け、3,000万人を貧困から引き上げ、2030年までに世界GDPを1.5兆ドル押し上げる可能性があると試算している。16
しかし、AIを「便利な道具」とだけ捉えると、ジェンダーへの影響を見誤る。AIが変えるのは、単に作業効率ではない。どの仕事が価値ある仕事と見なされるか、どの能力が将来性のある能力とされるか、誰が補助され、誰が代替されるかである。
ILOの2025年アップデートは、生成AIの影響が雇用の全面的な消滅というより、職務内のタスク再編として現れる可能性を示している。とりわけ事務・補助的な業務は生成AIへの曝露が高く、そうした職種に女性が多い国や産業では、ジェンダーへの影響も大きくなりうる17。重要なのは、「AIが女性の仕事を奪う」と単純化することではない。AIが女性の多い仕事を再定義し、その仕事の価値やキャリアの道筋を変える可能性である。
採用や評価にAIが入り込むことも大きな論点である。AIは過去のデータから学ぶ。過去の採用、評価、昇進に偏りが含まれていれば、それを洗練された形で再生産する。これはアルゴリズム・バイアスの問題である。
2026年の生成AIを用いた採用プロセスの研究では、候補者に対して露骨に異なる職種を推薦しない場合でも、女性には感情的・共感的な形容詞、男性には戦略的・分析的な形容詞を結びつける傾向が示された。18別の研究でも、AIによる候補者選別が高賃金職で男性を有利に扱う可能性や、職業分離を再生産するリスクが指摘されている。19 AIは中立的な審判ではなく、過去の職場文化を別の形式で持ち込む可能性がある。
さらに重要なのは、ジェンダー・データギャップである。20AIはデータから学ぶが、そもそも誰の身体、労働、生活、欲望、リスクがデータ化されてきたのか。女性や性的マイノリティ、高齢者、ケアを担う人々の経験が十分にデータに含まれていなければ、AIは「標準的な人間」を偏った形で想定する。
医療、採用、都市設計、教育、金融、恋愛アプリに至るまで、データの欠落は不平等な設計につながる。AI時代のジェンダー平等は、AIを使うスキルだけの問題ではない。誰がAIを作り、誰のデータが学習され、AIによって評価され、誰がAIから取り残されるのかという、デジタル・ジェンダー格差の問題である。
一方で、AIにはジェンダー平等を進める可能性もある。キャリアの中断を経験した人が学び直す。地方に住む人が専門性を獲得する。育児や介護をしながら、資料作成、調査、翻訳、分析の負担を減らす。これらは、従来の労働市場で不利になりやすかった人にとって大きな機会になりうる。
ただし、その機会は自動的には広がらない。誰がAIを使えるのか。誰がAIによって代替されやすい仕事に就いているのか。誰が学び直す時間と資源を持っているのか。誰の経験が設計に反映されているのか。AI時代のジェンダー平等は、単なるデジタル教育ではない。採用、評価、教育、ケア、地域、キャリア形成の全体を、AIによってどう再設計するのかという問題である。
恋愛は、ジェンダー変化の最前線に
ジェンダーの認識変化は、職場や政治よりも先に、恋愛の場面で矛盾として現れる。恋愛は、平等と欲望、自由と承認、個人の選択と社会的期待が最も濃く交差する領域だからだ。
職場では男女平等を支持していても、恋愛になると「男性から誘ってほしい」「男性にリードしてほしい」「女性には重すぎない自立でいてほしい」といった古い脚本が顔を出す。恋愛は、ジェンダー平等がどこまで内面化されたかを測る、最も繊細なリトマス試験紙である。
日本の若者は、恋愛や結婚から完全に離れているわけではない。ジョイセフの「性と恋愛2025」では、若者世代の7割が結婚したい、6割が子どもを持ちたいと回答している。一方で、結婚したいがしていない理由、子どもを持ちたくない理由のいずれも、最も多いのは経済的不安だった21。
最近の「恋愛・結婚に関する意識と実態調査2025」(リンクバル)でも、独身男女の24.1%が交際経験なしと回答する一方、Z世代と25〜29歳の83.5%は結婚に前向きだとされている22。ここにあるのは、恋愛への無関心というより、親密な関係を築きたい気持ちと、それを現実に進める難しさの併存である。
この難しさの背景には、恋愛市場の変化がある。マッチングアプリは出会いの機会を広げた一方で、恋愛を「選別」の場にも変えた。年齢、年収、学歴、身長、外見、居住地、結婚意向、子どもを持つ希望。これまで曖昧な会話の中で少しずつ見えていた条件が、プロフィール上で最初から比較される。恋愛は自由になったように見えて、同時に、より効率的で、より競争的で、より可視化された市場にもなった。
興味深いのは、恋愛における選別が、外見や収入だけではなく、価値観の一致へと移っていることである。2026年に発表された日本の結婚マッチングプラットフォームのデータを用いた研究は、子どもを持つ希望や家事・育児分担への考え方が、マッチング過程で重要な役割を果たすことを示している23。
現代の恋愛は、単に「好きかどうか」だけでなく、「どのような生活を共同で設計できるか」という交渉に近づいている。誰が転勤に合わせるのか。誰がキャリアを中断するのか。誰が老いた親を見るのか。恋愛の未来は、ロマンチックな言葉だけでは成り立たない。ケアと時間とお金の配分について、どれだけ早く、誠実に話し合えるかにかかっている。
さらにAIは、恋愛の未来に新しい問いを持ち込んでいる。電通の「対話型AIとの関係性に関する意識調査」(2025年)でも、AIコンパニオンや対話型AIは、すでに一部の若者にとって、相談相手、友人、恋愛対象のような存在になりつつある。24
だが、恋愛の難しさは、相手が自分の思い通りにならないことにある。価値観が違い、沈黙があり、誤解があり、交渉があり、相手にも疲れや都合や欲望がある。その摩擦の中で、人は自分の欲望を調整し、相手の自由を知る。AIが摩擦の少ない親密性を提供するなら、人間同士の関係はより面倒で、よりリスクの高いものに見えるかもしれない。
ジェンダー平等が恋愛にもたらす未来は、ロマンスの消滅ではない。むしろ、ロマンスを役割から救い出すことである。相手を「男だから」「女だから」と期待するのではなく、一人の人間として出会い直すことだろう。頼ること、支えること、欲望すること、断ること、待つこと、話し合うことを、性別の役割期待に割り振らずに学び直すこと。恋愛は、制度ではなく、日々の言葉、沈黙、気遣い、欲望の中で、私たちが本当に何を平等だと思っているのかが露わになる場所である。
ケア経済とライフコース・アプローチの視点
ジェンダー平等は、男女を同じにすることではない。性別によって、人生の脚本が先に書かれないようにすることである。男性性と女性性は、消える必要はない。問題は、それが選べないことだ。
強くありたい女性がいてよい。ケアしたい男性がいてよい。競争を好む人がいてよい。協調を大事にする人がいてよい。稼ぎたい人がいてよい。頼りたい人がいてよい。ただし、それを性別によって先に割り振ってはいけない。
この問いは、地域の持続可能性にも関わっている。令和7年版男女共同参画白書は、若い世代、とくに女性が進学・就職・結婚などを機に地方から都市へ転出したあと、地方に戻らない傾向が強いと指摘している25。
もし地域に、女性が選べる仕事が少ない、固定的な性別役割が強い、結婚や出産への同調圧力が強い、地域活動の負担が女性に偏る、意思決定の場に中高年男性が多い、といった構造があるなら、若い女性が都市にとどまるのは合理的な選択である。若い女性は地方を捨てているのではない。選択肢の少ないシステムから退出している。
高齢化社会では、この「選択肢」の問題はいっそう重くなる。誰が老いた親を看るのか。誰が地域の高齢者を支えるのか。誰が介護離職をするのか。誰が老後に孤立するのか。ケアは家庭の愛情だけでは支えきれない。UN Womenは、東アジアや東南アジアの高齢化社会において、ケアを“性別によって負担や不利益が偏りやすい現実”を前提に設計する必要性を指摘している26。
高齢化とは、ジェンダー平等の外側にある福祉課題ではない。それは、これまで女性に見えない形で担わせてきたケアを、社会がどのように引き受け直すのかという問いである。
ここで重要になるのが、ケア経済とライフコース・アプローチである。ケア経済とは、育児、介護、看護、家事、見守り、感情労働など、人間の生活を支える有償・無償のケアを、経済の周辺ではなく中心に置く考え方である。27
ライフコース・アプローチは、ジェンダー格差を一時点ではなく、人生全体の累積として見る視点だ。教育、就職、結婚、出産、育児、介護、退職、老後の各段階で不利が積み重なり、老後の貧困や健康格差につながる。高齢女性の低年金や介護負担は、老後に突然生まれるのではない。若い頃の非正規雇用、出産によるキャリア中断、無償ケア労働の偏りが、長い時間をかけて積み重なった結果である。28
誰が新しい脚本を書くのか?
かつて「男らしさ」や「女らしさ」は、人生を迷わず進むための地図のように機能していた。だがその地図は、多くの人を道の外へ押し出してきた。地図に載っていない人生を選ぶ人。地図どおりに進めない人。そもそも、その地図を渡されたくない人。
いま必要なのは、古い脚本を単に逆転させることではない。女性が男性のように働く社会でも、男性が女性のようにケアを担う社会でもない。誰もが、働くこと、休むこと、頼ること、支えること、愛すること、老いることを、自分の条件に応じて組み合わせられる社会である。
人生の脚本を、誰が書くのか。かつては、家族が書き、会社が書き、地域が書き、国家が書き、そして「らしさ」という言葉がその余白を埋めてきた。これからは、その脚本を一人ひとりが書き換えられる社会でなければならない。
もちろん、誰も完全に自由に人生を書けるわけではない。身体があり、家族があり、経済があり、地域があり、時代の制約がある。それでも、少なくとも性別だけで最初の数章が決められてしまう社会からは、もう降りるべきだ。ジェンダーとは、社会が人間に与えてきた役割の名前だった。これからのジェンダー平等とは、その役割を奪い合うことではなく、役割そのものを複数形にすることである。
未来の平等は、完成された一つの正解としてやってくるのではない。誰かが「こう生きてもいい」と示すたびに、社会の地図には新しい道が描き足される。無数の人が、自分の人生を自分の言葉で書き直す、その積み重ねとして現れてくるだろう。(以上)
注釈:
- World Economic Forum, Global Gender Gap Report 2025. ↩︎
- R. W. Connell and James W. Messerschmidt, “Hegemonic Masculinity: Rethinking the Concept,” Gender & Society, 2005. 「覇権的男性性」の概念を再検討した代表的論文。 ↩︎
- Alice H. Eagly, Christa Nater, David I. Miller, Michèle Kaufmann, and Sabine Sczesny, “Gender Stereotypes Have Changed: A Cross-Temporal Meta-Analysis of U.S. Public Opinion Polls From 1946 to 2018,” American Psychologist, 2020. ↩︎
- Arlie Russell Hochschild, The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling, 1983. 「感情労働」の概念を提唱した古典的著作。 ↩︎
- Tyler M. Lefevor et al., “Masculinity and Loneliness: A Scoping Review,” 2024. ↩︎
- Karla Elliott, “Caring Masculinities: Theorizing an Emerging Concept,” Men and Masculinities, 2016. 「ケアする男性性」を理論化した代表的論文。男性性を支配や競争ではなく、ケア、関係性、相互依存、反暴力と結びつけて捉える視点を提示している。 ↩︎
- Common Sense Media, Boys in the Digital Wild: Online Masculinity, Social Media, and Boys’ Well-Being, 2025. ↩︎
- “Diving into the Manosphere: A Quantitative Investigation of Manfluencer Content and Young Men’s Misogynistic Attitudes,” 2025. ソーシャルメディア上の男性性インフルエンサー、いわゆる“manfluencer”のコンテンツと、若い男性の女性蔑視的態度との関係を検討した研究。 ↩︎
- Ipsos / King’s College London Global Institute for Women’s Leadership, International Women’s Day 2026 Global Attitudes Survey ↩︎
- Janet Shibley Hyde, “The Gender Similarities Hypothesis,” American Psychologist, 2005. 多数のメタ分析を整理し、心理的特性の多くでは男女差は小さく、同じ性別内の個人差の方が大きいことを示した論文。 ↩︎
- “Measuring a Century of Change in Japanese Gender Stereotypes Using Word Embeddings,” 2025. 1900年から1999年までの日本語コーパスを用い、仕事・政治・家庭と女性性/男性性の結びつきの変化を単語埋め込みによって分析した研究。 ↩︎
- “Remote Work and Female Labor Supply,” 2025. 夫の在宅勤務機会の増加が、 ↩︎
- Michelle J. Budig, “The Fatherhood Bonus and The Motherhood Penalty,” 2014. ↩︎
- Shelley J. Correll, Stephen Benard, and In Paik, “Getting a Job: Is There a Motherhood Penalty?,” 2007. ↩︎
- 厚生労働省「女性活躍推進法に基づく男女の賃金の差異の情報公表について」 ↩︎
- UN Women / UN DESA, Progress on the Sustainable Development Goals: The Gender Snapshot 2025. ↩︎
- International Labour Organization, Generative AI and Jobs: A 2025 Update. ↩︎
- “Gender Stereotypes in AI Hiring: A Study of Generative AI in Recruitment,” 2026. ↩︎
- “Gender Bias in AI Recruitment: Evidence from Callback Audit Studies,” 2025. ↩︎
- Caroline Criado Perez, Invisible Women: Data Bias in a World Designed for Men, 2019. ↩︎
- ジョイセフ「性と恋愛 2025」 ↩︎
- リンクバル「恋愛・結婚に関する意識と実態調査2025」。 ↩︎
- Chihiro Inoue, Yusuke Ishihata, Suguru Otani, “Marital Sorting on Pre-Marital Preferences for Household Behavior,” 2026. ↩︎
- 電通実施:「対話型AIとの関係性に関する意識調査」(2025年) ↩︎
- 内閣府『令和7年版 男女共同参画白書』。若い世代、とくに女性が進学・就職・結婚などを機に地方から都市へ転出したあと、地方に戻らない傾向を指摘し、女性や若者にも選ばれる地域づくりの必要性を論じている。 ↩︎
- UN Women Asia and the Pacific, Caring for the Future: Gender-Responsive Care Strategies in Ageing Societies, 2025. ↩︎
- International Labour Organization, Care Work and Care Jobs for the Future of Decent Work, 2018. ↩︎
- United Nations / UN Women life-course approach. ↩︎
















