ベントレーが挑む、EVは「運転する喜び」を失わせるのか サウンドデザインが切り開く新たな体験

電気自動車(EV)の普及に伴い、自動車メーカーは走行性能や環境性能だけでなく、運転する際の感情的な体験をどう維持するかという課題にも直面している。長い歴史を持つ高級車ブランドのベントレーも、その一例である。同社が初の完全電気自動車「トルカル」を発表すると、エンジンを吹かす感覚がないことや、運転する喜びが薄れることを懸念する声が上がった。

こうした課題に対し、ベントレーは従来のV8エンジンの音をそのまま再現するのではなく、過去のエンジン音を想起させるドラム演奏などの録音を活用し、新たな合成サウンドを開発した。生演奏やオーケストラの録音を取り入れ、音の中に人間らしい揺らぎや不完全さを残すことで、機械的な効果音とは異なる表現を目指している。

この取り組みについて、ソニックブランディングを専門とするエージェンシー、DLMDDの共同創業者マックス・デ・ルシア氏は、当初は人工的なエンジン音に否定的な印象を持っていたと振り返る。クラシックカーやV8エンジンの重厚な響きを好む同氏にとって、音を人工的につくるという発想は受け入れにくいものだった。しかし、実際にベントレーの新しいサウンドを聴くと、その完成度を高く評価するようになったという。

同氏が注目したのは、ベントレーがこの試みに真剣に取り組み、音を単なるエンジン音の代用品として扱わなかった点である。EVには、内燃機関の振動や轟音がもたらす身体的な感覚がない。だからこそ、これまでとは異なる体験を設計する必要がある。
ベントレーが掲げる考え方も、エンジン音の忠実な再現ではなく、それがドライバーにもたらしてきた感情を呼び起こすことにある。エンジンのリズムや微妙な音の揺らぎ、アクセル操作に対する反応など、運転する人とクルマとの間に生まれるつながりを、新たな音によって表現しようとしているのだ。

音が生み出す「運転の物語」とEVならではの可能性

クルマを移動のための道具と捉える人もいれば、運転そのものに刺激や興奮、ドラマ性を求める人もいる。後者にとって、エンジン音は単なる機械の作動音ではない。加速する高揚感や、クルマの力強さに対する畏敬の念を呼び起こし、運転体験を印象深いものにする重要な要素である。

デ・ルシア氏は、こうした音の役割があるからこそ、自動車メーカーがドライバーの感情を揺さぶる音響的な特徴をEVにも取り入れようとしていると指摘する。一方で、EVのサウンドは従来のエンジン音を模倣するだけでなく、まったく新しい音の表現を切り開く機会にもなり得るという。

同氏自身、クラシックカーを複数所有する一方、日常生活ではフォルクスワーゲンのEVをファミリーカーとして使用している。実用性の高さには満足しているものの、車内での体験については、快適ではある一方で、どこか無機質で魂が感じられない空間のようだと表現する。この実感は、EVが移動手段として優れていても、従来の自動車が持っていた感覚的な魅力を必ずしも引き継いでいるわけではないことを示している。

EVのサウンドデザインが広がる可能性は大きい。各国の規制では、歩行者などに車両の接近を知らせるための音に関する要件も設けられており、音は安全性の観点からも重要になっている。ただし、デ・ルシア氏は、こうした技術がすべての価格帯のEVで同じように進化するとは考えていない。低価格帯では機能性が優先される可能性がある一方、中価格帯から高級車市場では、独自の体験を生み出すために音へ投資する意義が大きいと見る。

音は、人間の感情に素早く働きかける手段の一つである。高級車において、音を含む感覚的な体験を設計することは、単なる装備の追加ではなく、ブランドの個性を表現する重要な手段となり得る。

サウンドロゴの乱用を避け、五感でブランドを伝える

クルマの音が、マクドナルドやNetflixのサウンドロゴのように、ブランドを象徴する存在になる可能性はあるのだろうか。デ・ルシア氏は、その可能性を認めながらも、音の使い方には慎重さが必要だと考えている。

現在のEVでは、車両の操作や機能に応じて「ピン」や「ボン」といった電子音が鳴ることが珍しくない。同氏のフォルクスワーゲンも、シートから立ち上がるたびに特定のサウンドを再生するため、駐車場のゲートでチケットを受け取ろうと身を乗り出す場面などでは、煩わしさを感じるという。クルマに詳しい人にとって、こうした電子音は故障や整備の必要性を連想させることもある。そのため、車内でブランドを印象づける音を繰り返し流すことには、注意が必要だと指摘する。

同氏がより大きな可能性を見いだすのは、音だけに頼るのではなく、車内での五感を通じてブランドの世界観を伝える方法である。乗り込んだ瞬間に「自分はいまBMW、ポルシェ、フェラーリに乗っている」と感じられるような体験は、サウンドロゴ単体ではなく、音や空間、素材、操作感などが組み合わさることで生まれる。

ベントレーの「トルカル」は、この考え方をさらに発展させ、単一のサウンドを用意するのではなく、4つの異なる世界観を構築したという。音を含む感覚的な要素を通じて、ドライバーがクルマとの関係をどう感じるかまで設計する試みである。

EVへの移行は、エンジン音が失われることだけを意味するのではない。従来の自動車が培ってきた感情的な価値を見直し、新しい技術によって再構築する機会でもある。これからの自動車デザインでは、性能や機能に加え、音をはじめとする感覚的な体験をどのように設計し、ブランド独自の世界観へと結びつけるかが、重要な差別化要素になっていくと考えられる。(出典:CREATIVE BLOQ、画像:ベントレー)

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