
アップル、広告戦略を明確化 Apple Adsとして本格展開へ
これまで広告領域において控えめな姿勢を保ってきたアップルが、ついにそのスタンスを転換しつつある。検索広告の名称を「Apple Search Ads」から「Apple Ads」へと変更したことは一見すると小さな変化のようだが、広告業界全体から見れば、重要な意味合いを含んでいる。
この名称変更は、アップルが従来のようにプライバシーを盾に広告システム全体から収益を得るモデルに甘んじるのではなく、今後は広告ビジネスそのものに積極的に参入する意志の表れと考えられている。
広告ビジネスへの本格的なシフトは、アップルにとっていくつかの理由から戦略的に理にかなっている。第一に、関税やマクロ経済の不透明感により、ハードウェアの収益性は揺らいでいる。第二に、広告は高収益で迅速に拡張可能なビジネスであり、顧客からの直接的な反発や規制当局の介入リスクも比較的低い。
広告への関心は今に始まったことではない
アップルは広告に対して一貫して無関心であったわけではない。2010年にはiAdという独自広告ネットワークを展開したこともある。以降、同社は検索広告領域で着実に成長し、サードパーティのトラッキング技術を廃止するなどして自社の優位性を高めてきた。
その一方で、プライバシー保護の旗手としての立場も強調し、他社とは一線を画す姿勢を取ってきた。この「道徳的優位性」に基づきつつ、広告ビジネスへの本格参入を進めるというのは、アップルらしい戦略的なバランスといえる。
Yieldmo社のエリック・シフマン氏は、「Apple Adsという名称は柔らかく聞こえるが、実際にはアップルが他社ではアクセスできない独自のシグナルを使って広告を展開しているという事実を示すサインでもある」と指摘している。
広告市場でのポジションと成長見通し
eMarketerによると、アップルの広告事業は2023年時点で米国市場において64億7,000万ドルの規模があり、デジタル広告費全体のわずか2.1%に過ぎない。しかし、今後はこの比率が維持される一方で、絶対額は増加し、2024年には74億2,000万ドル、2026年には82億1,000万ドルへと拡大すると見込まれている。
広告領域におけるアップルの成長には、App Store内の広告だけでなく、Apple TV+などのメディアコンテンツへの展開も含まれている。これまでに比べて赤字が続くTV+部門を持続可能にするには、広告層の追加が必要であるとする声もある。
エンダーズ・アナリシスのアナリスト、ジェイミー・マキューアン氏は、「Apple TV+が広告層を導入することで、加入者減やコンテンツ制作費の負担を軽減しつつ、市場との接点を維持する手段になる可能性がある」と述べている。
アップルはどこへ向かうのか
アップルが広告分野でどこまで踏み込むのかはまだ明確ではない。しかし、既に広告測定技術の高度化やAdAttributionKitの導入、TVやマップ、ポッドキャストなどクリック不能な領域での広告展開を示唆する機能追加など、布石は着々と打たれている。
広告主やマーケターにとっては、これは新たなチャンスでもあり、同時にリスクも伴う。巨大なプラットフォーマーであるアップルが、独自ルールを持つ“もう一つの壁に囲まれた庭”を作り出す可能性も否定できない。
健全な競争環境の実現が望まれる中で、アップルの次なる一手は広告業界にとって注視すべき動きとなるであろう。(出典:Digiday, AdAge, WARC他)