
アイデンティティから“ビジネス・システム”へ進化するブランディングの現在地
ブランディングとは、単なる見た目や物語の演出にとどまるものではない。2025年のD&ADフェスティバルにおいて、グローバル・デザインファームCOLLINSの共同設立者兼CEOであるリーランド・マッシュマイヤー氏と、チャド・ソング氏が対談を行い、ブランディングがどのように企業成果へと直結する戦略的システムへと変貌してきたかについて深く掘り下げた。
この会話は、同社の共同創設者ブライアン・コリンズ氏との過去の対話の延長線上にあるものではなく、デザインと戦略、そして資本の統合という、現代のブランド構築に不可欠な要素を照らし出すものであった。
AIの台頭とデザイン産業の変容
マッシュマイヤー氏によれば、生成AIの出現はデザイン業界全体に大きな波紋を広げている。すでにAI技術は多くのプロセスを再構成しており、もはや無視できるものではない。COLLINSでは、目の前の変化にただ反応するのではなく、今後5〜10年の姿を想像しながら、未来に向けた進化を主導しようとしている。
COLLINSの変容:ブランディングスタジオから戦略パートナーへ
近年、COLLINSは単なるアイデンティティ開発を超えて、企業価値の本質的な差異を明確にし、市場での差別化とブランド資産の構築に取り組んでいる。マッシュマイヤー氏は、「なぜあなたの会社は他と異なるのか?」という問いを出発点に、CEOや取締役会、さらにはプライベート・エクイティ・ファームとの協働を通じて、ブランディングと戦略、財務を連携させた総合的なアプローチを展開していると語る。
「オーグメント」──ブランド・システムの次なる役割
同氏は、ブランド・アイデンティティの枠を超え、企業の能力を拡張する“オペレーティング・システム”としての役割を果たすべきだと主張する。これが、COLLINSが定義する「オーグメント」の概念である。アイデンティティ・システムは、単に美しいだけではなく、ビジネスの収益性や市場における立ち位置、ブランド資産の成長にどう貢献するかを設計段階から考慮されなければならない。
また、プライベート・エクイティとの対話では、感情的なプレゼンテーションではなく、デザインがKPIやEBITDA、収益といった指標にどう寄与するかを明確に説明することが求められる。そのためにも、デザイナーは“視覚表現”だけでなく、“戦略言語”を使いこなす必要がある。
3軸で構成される次世代ブランド・システム
ブランド・システムの設計は、「コンセプト」「審美性」「パフォーマンス」の3軸で構成されるべきだとマッシュマイヤー氏は述べる。これらが揃ったとき、ブランドは単なる装飾ではなく、成果を生み出すエンジンとして機能する。特に、業種や業態によって必要とされる機能が異なる中で、B2BやB2Cといったセグメントの特性を理解し、目的に応じた設計を行う「テーラーメイドなシステム」が求められている。
クォーツ革命とAI時代のデザインへの教訓
氏は、AIの到来を「クォーツ革命」になぞらえる。時計産業におけるクォーツ化が伝統的な価値観を打ち壊したように、AIはビジュアル制作のコモディティ化を加速させている。これに対し、デザイナーは単なる「スタイリスト」ではなく、「戦略的エンジニア」へと進化する必要がある。視覚的美しさを生み出すだけでなく、構造や意味、機能と結びついた設計が今後の価値創造を担うのだ。
COLLINSでは、ピラミッド型の階層をできるだけ排除し、最年少のメンバーであっても率直に意見を述べられる環境を重視している。この“ラーニング・ホスピタル”という姿勢は、実験と失敗を恐れない姿勢と、現場からの洞察を尊重する文化を表している。
ビジネスを語るデザインへ─デザイナーへの提言
アジアのデザイナーやブランドリーダーに向けて、マッシュマイヤー氏は「デザインはもはや美しさだけを追求する時代ではなく、価値と価格を生み出す力である」と語る。スタジオの設立は慎重にすべきであり、コスト構造、ビジネスモデル、顧客価値を理解することが経営者としての前提条件だとも強調している。
マッシュマイヤー氏との対話を通して明らかになったのは、デザインやブランディングの本質が、アイデンティティという“見た目”から、成果を生む“システム”へと移行しているという事実である。急速に変化する市場とテクノロジーの環境下で、企業もクリエイティブパートナーも、パフォーマンスに基づいた設計思想に基づいて再構築されていく必要がある。
ブランディングは、単なる装飾ではない。それがどう「機能するか」が、今後の差異を生み出す鍵となる。真の変革は、まさにここから始まる。(出典;Branding in Asia)