
JW アンダーソンが次章へ——ブランドを刷新
ジョナサン・アンダーソンは、自身の名を冠したブランド JW アンダーソンの方針転換を公表した。シーズンごとに行ってきたランウェイショーを無期限で休止し、クラフトと日常の美学を核に置くライフスタイルブランドとして再始動するという選択だ。ディオールでメンズ、ウィメンズ、オートクチュールを同時に率いるクリエイティブ・ディレクター就任とほぼ重なるタイミングであり、現代のファッションシステムにおける時間軸を根底から見直す意思表示でもある。
Cabinet of Curiosities――現代の珍品棚
新コンセプト「Cabinet of Curiosities」は、十七世紀の博物陳列室を想起させるが、その狙いは“幅広い対話”だ。イースト・サセックスの職人が手掛けるウィンザーチェア、スコットランドで復刻されたチャールズ・レニー・マッキントッシュのスツール、十八世紀の技法で織った布に包んだ蜂蜜の瓶など、アンダーソンが長年関係を温めてきたクラフツマンシップが並ぶ。家具やアートピースとともに、カシミアニットや日本製デニム、ローファーバッグといったシグネチャーアイテムも共存し“衣食住”を横断する棚が構築される。
シーズンレスという思想
リブランディング後の JW アンダーソンでは、色違い・型違いの追加投入さえ「必要なときだけ」に限定される。過密なファッションカレンダーを離れ、スピードより深度、トレンドより長寿性を重んじる姿勢だ。アンダーソン自身は「デザインにフェティッシュを見いだし、ゆっくりと育てたい」と語る。セーターは色展開を焦らず、バッグは定番形を磨いていく。その哲学は、使い捨て的な消費構造への異議申し立てでもある。
クラフトとの共犯関係
再編の核に置かれたのはクラフトへの賛歌だ。英国や欧州の窯元、木工所、織物工房と結んだ協働は、地域に根差した技術の存続を後押しする。ウェッジウッドと組んだルーシー・リエ作のティーカップ復刻は好例で、売上の一部は若手陶芸家支援に充てられる。ブランドは“販売”だけでなく“継承”の場として機能する――その仕組みづくりが新章の核心にある。
物語をまとうルックブック
ルックブックには映画監督ルカ・グァダニーノ、俳優ジョー・アルウィン、ベン・ウィショーらが参加し、新ロゴを配したウェアやオブジェをまとった。匿名ホモ、匿名ラヴァーズ、アート・クラブ……挑発的なスローガンが散りばめられ、アンダーソンらしいユーモアと批評性が息づく。ファッション、アート、クラフトの境界を曖昧にする演出が、今後の方向性を示唆している。
店舗とデジタルの再構築
八月にロンドンとミラノの店を一時閉鎖し、九月から新装開店。さらにロンドン・ピムリコ・ロードの旗艦を皮切りに、ニューヨークとパリにも同コンセプトの空間を広げる予定だ。公式サイトも刷新し、直感的なナビゲーションで“ブランドの世界観に潜り込む”体験を用意する。オンラインとオフラインを往還しながら、時間と空間を超えてコレクションを編集する仕組みが整えられる。
ジョナサン・アンダーソンはランウェイの華やかさよりも、クラフトの奥行きと日常の詩情を選んだ。シーズンレス、タイムレス、そしてパーソナル――JW アンダーソンは今、速度優先の業界に一石を投じ、持続と継承を前提とする新しいファッション像を描き始めている。(出典:JW Anderson, HERO, Fashion Network他)