
5つのブランドがマーケティング投資を通じてワールドカップで「金メダル」を獲得した方法
2026年のFIFAワールドカップは、カナダ、メキシコ、米国の3カ国を舞台に、6月11日から7月19日まで開催された。104試合が行われた今大会は、史上最大規模のワールドカップとなり、米国ではサッカー中継の視聴記録も相次いで更新された。
大会の巨大な視聴規模は、スポンサー企業にとっても大きなビジネス機会となった。MediaRadarによると、大会期間中の試合時間帯に広告主が投じたメディア広告費は合計14億2000万ドルに達したという。
大会を前に、アルコール、飲料、食品、小売など幅広いカテゴリーの企業がマーケティング活動を開始した。FIFAの公式スポンサーだけでなく、スポンサーではない企業も大会の熱狂を取り込もうとキャンペーンを展開し、なかには1月から準備を始めた企業もあった。
ただし、大規模なスポーツイベントへの投資が、そのまま成果につながるわけではない。Kantarのスポーツマーケティング部門共同責任者ジェームズ・メイは、公式パートナーシップは競争が激しい領域であり、強力な戦略やブランドと結びついたクリエイティブがなければ、大きな投資に見合うリターンを得られないと指摘する。
実際、公式レストランスポンサーで1994年からFIFAと関係を築いてきたマクドナルドは、FIFAキャンペーンによって店舗全体に大きな盛り上がりが生まれた一方、来店客数は当初の予想を下回ったと説明している。
その一方で、コカ・コーラ、アディダス、ユニリーバ、ABインベブ、ホーム・デポは、それぞれ異なるマーケティング戦略によってワールドカップの価値を引き出した。
コカ・コーラは「ファンの感情」をデータで捉えた
コカ・コーラは1月からワールドカップ関連の広告展開を開始し、大会直前から開催期間まで継続的にキャンペーンを展開した。180以上の市場と2,000万以上の小売店舗を対象とする大規模な施策である。
特徴的だったのは、単純に世界共通の広告を大量投下するのではなく、地域ごとのサッカーへの関心や文化的な特徴を細かく分析した点だ。
同社は郵便番号レベルの「情熱ポイント」データを活用し、地域ごとに異なるファン心理や関心を把握。コカ・コーラが掲げる「大規模なデ・アベレージング」、つまり市場を平均化せず、細分化してマーケティングする考え方をワールドカップでも実践した。
その成果は販売にも表れた。2026年第2四半期のコカ・コーラ本体の販売量は5%増加し、コロナ禍からの回復期を除けば17年ぶりの高い成長率となった。
パワーエイドも含めた大会関連施策では、開催都市の会場における平均購入率が80%を超えた。来場者1人につき約1杯が購入された計算であり、1978年からFIFAの公式スポンサーを務めてきた同社にとって過去最高の水準だった。
さらに、大会を通じて2,500万件以上のファーストパーティデータを取得。デジタルやソーシャルメディアを活用したキャンペーンでは90億回以上の視聴を記録した。
Kantarによれば、コカ・コーラは大会の約1カ月前からブランド指標が上昇し、話題性やソーシャルメディアでの認知度は2倍以上に拡大した。
特にZ世代ではテレビ広告以上にソーシャルメディアが話題を生み、ブランドへの関心やNPSの向上にもつながった。長年のスポンサー経験とファンへの理解、そして大会前から継続的に熱量を高める設計が成功の背景にあった。
アディダスは「長期的なブランド投資」に徹した
アディダスは、ワールドカップとの関係が最も長いブランドの一つである。1970年から公式ボールサプライヤーを務め、2026年大会では予選を突破した14チームのユニフォームを供給した。これはメーカーとして最多であり、優勝したスペインとアルゼンチンも同社のユニフォームを着用した。
2026年第2四半期の売上高は、為替の影響を除いて前年同期比14%増。約67億ユーロという過去最高の純売上高を記録した。
一方で、マーケティング費用は前年同期より2億1200万ユーロ増加した。投資額の大きさは一部の投資家を不安にさせたものの、経営陣はワールドカップを長期的なブランド価値を高める機会と捉えていた。CEOのビョルン・グルデンは、マーケティング投資の効果が大会期間中の売上として直接回収されるわけではないと説明した。目的は、大会に向けてブランドへの熱量を高め、世界中でブランドを目立たせることである。
同社は公式試合球やチームユニフォーム、サッカーシューズに加え、ペット用ウェアまでワールドカップ関連商品として展開。世界的なスターを多数起用した大型キャンペーンも実施した。
このキャンペーンはワールドカップ関連広告として唯一エミー賞にノミネートされた。Meltwaterのデータでも、アディダスは大会全体を通じたスポンサー言及シェアで首位、エンゲージメントシェアでも2位となった。
同社の強みは、単に大会のスポンサーになることではなく、長年培ってきたサッカーとの関係性を自社コンテンツやサッカー固有のフォーマットに落とし込んだ点にある。
ユニリーバは「ソーシャルファースト」を大会全体に組み込んだ
ユニリーバは近年、デジタル広告予算の半分をソーシャルメディアに振り向け、インフルエンサーとの提携数を20倍に増やすなど、「ソーシャルファースト」戦略を強化してきた。その考え方をワールドカップにも持ち込み、単なるスポンサーシップではなく、クリエイター、SNS、小売、現地イベント、購買までを一つの仕組みとして設計した。
同社は120以上の市場で35ブランドを展開し、5万人以上のコンテンツクリエイターを巻き込んだ。総リーチは6億人以上に達したという。
パーソナルケア部門の第2四半期の基礎売上高は5.9%増加。CFOによれば、ワールドカップ関連マーケティングもその勢いを押し上げた。
施策にはYouTubeやTikTok上のリアルタイムコンテンツハブに加え、SNSでの共有を促す体験型イベントも含まれた。
なかでもデオドラントブランド「レキソナ」はユニークな展開を見せた。交代を示すボードだけでなく、追加時間などをアナウンスする第4審判の脇の下にロゴを掲出したのである。
さらに、クリエイター、アスリート、ファンをつなぐ「House of Fresh」内で「New York Sweat Club」を展開。ブランドの「It Won’t Let You Down」というプラットフォームとワールドカップを結びつけた。
ユニリーバが重視したのは、2カ月間の大会で一時的な話題を獲得することではない。大規模な文化イベントの中にブランドを入り込ませ、認知度や差別化を高め、その効果を大会終了後にも残すことである。
ABインベブは「大会の外」までファン体験を広げた
ABインベブにとって、2026年大会は2022年大会とは大きく異なるものだった。
2022年のカタール大会では、開催直前に会場内でのビール販売が禁止されるという事態に直面した。しかし今回は、米国、カナダ、メキシコというビール市場の大きな3カ国で開催されたため、同社は当初の計画を実行できた。
中心となったブランドが「ミケロブ・ウルトラ」である。同ブランドの米国外での売上高は21%増加し、販売数量の伸びの40%を米国外市場が占めた。
ABインベブは過去12カ月間に販売・マーケティングへ79億ドルを投資し、2026年上半期の投資額も前年同期比9%増加させた。ワールドカップを背景に、投資は第2、第3四半期に集中した。
Meltwaterによれば、同社はエンゲージメントにおけるシェア・オブ・ボイスで約31%を獲得。FIFAと連携して「ミケロブ・ウルトラ・プレイヤー・オブ・ザ・マッチ」などのコンテンツを展開し、ブランドをファンの会話の中に組み込んだ。
さらに、ニューヨークとカリフォルニア州サンタモニカでは「ピッチサイド・クラブ」を開催。スタジアムの外にもファンが集まる場所をつくり、10万件以上の参加申し込みを獲得した。
ユニフォームやトロフィーカップの配布、写真撮影などを通じて、ミケロブ・ウルトラは「試合を見る」という行為だけでなく、「大会に参加している感覚」そのものを提供したのである。
ホーム・デポはベッカムを「ブランドの文脈」に置いた
ワールドカップでは多くの企業が著名人を広告に起用した。なかでも目立ったのが、元イングランド代表のデビッド・ベッカムである。
ベッカムは10件近くの広告キャンペーンに登場したとされるが、著名人マーケティングには一つの大きなリスクがある。広告そのものより、出演者だけが記憶されてしまうことである。
ホーム・デポは2026年大会からFIFAのスポンサーとなり、3月からベッカムを起用したキャンペーンを展開した。
中心となったのは、ベッカムがホーム・デポの支援を受けながらDIYに取り組むテレビCMだ。さらに「ベッカムのバックヤード」といったコンテンツや体験施策も組み合わせた。
結果として、このCMはテレビ広告のインプレッションシェアで高い数字を記録し、Kantarの調査ではZ世代とのエンゲージメント向上にも寄与した。
ポイントは、ベッカムを単なる「サッカー界のスター」として登場させなかったことだ。DIYというホーム・デポ本来のブランド領域にベッカムを置くことで、著名人の話題性とブランドとの関連性を両立させた。
Kantarのメイは、ベッカムが巨大な住宅を持つスターである一方、自らDIYをするという設定が、Z世代にも親しみやすいアイデアになったと評価している。
成功した5社に共通する「スポンサー以上」の発想
5社の事例を並べると、ワールドカップマーケティングの成功には共通点が見えてくる。
コカ・コーラは、地域ごとのファン心理をデータで捉えた。アディダスは、半世紀以上にわたるサッカーとの関係をコンテンツと商品に落とし込んだ。
ユニリーバは、5万人以上のクリエイターを巻き込み、SNSをマーケティングの中心に据えた。ABインベブは、スタジアムだけでなく都市そのものをファン体験の舞台に変えた。
そしてホーム・デポは、ベッカムという強力なスターを自社のDIYという文脈に接続した。
つまり、成功した企業はいずれも「FIFAのロゴを広告に載せる」というスポンサーシップだけに依存していない。大会そのものを、自社ブランドの価値や顧客体験を拡張するためのプラットフォームとして活用しているのである。
また、投資の成果を大会期間中の売上だけで判断していない点も重要だ。ブランド認知、ソーシャルでの話題、顧客データ、ファンとの関係、将来的なブランドエクイティなど、複数の指標を組み合わせて効果を捉えている。
2026年ワールドカップはすでに終了したが、各社への本当の評価が出るのはこれからだ。大会は第2四半期と第3四半期にまたがったため、マーケティング投資の全体的な財務効果が明らかになるのは、各社が第3四半期決算を発表する秋以降になるとみられる。
それでも今回の事例は、巨大スポーツイベントにおけるスポンサーシップのあり方が変化していることを示している。単に「大会に出稿する」のではなく、データ、クリエイター、コンテンツ、商品、リアルな体験を組み合わせ、ブランド自身が大会の物語に参加することが、これからのスポーツマーケティングにおける重要な条件になりそうだ。(出典:MARKETING DIVE、画像:Unsprash)
















