二つの土地に生きる〜越境型ライフスタイルがひらく未来

東京の生活は、便利である。世界でもまれな密度で交通、仕事、教育、医療、文化、飲食が集まり、深夜でも必要なものが手に入る。意欲さえあれば、多くの人やイベント、コミュニティに出会うことができる。だからこそ、人は東京へ集まり続ける。

総務省の人口移動統計によれば、東京圏は2025年にも12万3534人の転入超過となり、日本人だけで見ても30年連続の転入超過を記録した。首都圏集中はまったく終わっていない。むしろ、人口が減少する日本のなかで、東京の吸引力だけが相対的に強くなっているように見える1

しかし、東京が成功するほど、東京で人生を完結させるコストも上昇する。2025年の東京23区の新築マンション平均価格は1億3613万円に達し、前年比21.8%上昇した。これは富裕層の不動産投資だけの話ではなく、購入しない人も無縁ではない。東京23区の単身向け賃貸マンションは、2025年5月に平均家賃が10万円を超え、その後も最高値の更新が続いた。2  生活者にとっては、書斎を一室増やすこと、子ども部屋を用意すること、庭のある家に住むこと、親を迎えられる余裕を持つことが、少しずつ現実から遠ざかっているということである。

現在は通勤圏の周辺都市に住むことが現実的な選択肢となっており、東京への通勤エリアは静岡や群馬、茨城までどんどん拡大しているが、長時間通勤の時間・移動コストや心理的苦痛も大きくなっている。Iターンなど地方移住を選択する人々も少しずつ増えてきたが、まだ多くの人にとってこうした東京の利便性や魅力、人との関係性や機会は捨てがたい。

このとき浮上するのが、二拠点生活という選択である。ただし、それは必ずしも「東京の家に加えて地方に別荘を持つこと」ではない。今求められる二拠点生活の本質は、不動産を二つ所有することではなく、人生の機能を一つの場所に集中させないことにある。東京で「あと一部屋」を買う代わりに、発想を反転させて地方の住まいを借りる、共有する、必要な日数だけ使う。家を二つ所有するのではなく、二つの場所に異なる仕事をさせるのだ。

仕事と文化的刺激を得る都市、身体と感覚を回復させる地域。市場で稼ぐ場所と、人との関係を育てる場所。子どもが学校で体系的に学ぶ環境と、自然や地域社会から身体的に学ぶ環境。それらを往復しながら、一つの人生を複数の土地で組み立てる。これは住まい方の変化である以上に、社会と個人の関係を編み直す試みである。

東京という「成功モデル」の限界

戦後の日本社会は、集中によって成長した。人材と資本を都市へ集め、大企業を中心に雇用を組織し、郊外に住宅を建て、鉄道で都心へ通勤する。会社、住宅、学校、消費、娯楽を一つの都市圏にまとめることで、高い生産性と生活の利便性を実現した。「一つの会社、一つの家、一つの住所」は、単なる生活様式ではなく、戦後日本の社会契約だった。

だが、その仕組みは、安定と引き換えに集中リスクを抱えている。一つの会社に収入を依存すれば、その組織を失ったときの打撃が大きい。一つの地域に人間関係を集めれば、退職や離婚、子どもの独立を契機に孤立しやすい。一つの都市に生活機能が集中すれば、住宅費の上昇、長時間通勤、災害、感染症などの影響を一括して受ける。金融資産については分散投資が常識とされる一方で、私たちは人生については、むしろ極端な集中を続けてきた。

しかも、日本全体を見れば住宅が不足しているわけではない。2023年の住宅・土地統計調査では、全国の総住宅数は6502万戸に達し、空き家は900万戸規模となった3。住宅は余っているのに、住みたい都市では手が届かない。ここにあるのは、住宅の絶対的不足ではなく、仕事、教育、交通、文化と住宅の地理的な不均衡である。東京では住空間が高騰し、地方では使われない家が増える。このねじれを、移住という決断だけで解くことは難しい。都市か地方かの二者択一ではなく、両方を生活圏として使う仕組みが必要になる。

二拠点居住は、東京や大都市圏を否定する思想ではない。東京や大都市圏の利便性と創造性を享受しながら、その都市に人生のすべてを依存しないための方法である。軽井沢や葉山に別荘を持つ富裕層の文化だったものが、リモートワーク、住まいの定額利用、空き家活用、地域副業によって、より広い層の生活技術へと変わりつつある。

ADDressは国内外の住宅を定額で利用する仕組みを提供し、2026年現在約300の拠点を展開している4。敷金や礼金を伴う第二の賃貸住宅ではなく、必要な日数だけ複数の土地を利用する発想である。高級ヴィラを丸ごと貸し切るスタイルのNOT A HOTELは、年間の必要日数だけ所有し、ほかの拠点とも相互利用できるモデルを展開する。5 京都で始まったSymTurnsは一つの部屋を複数人で定額共有し、「旅行以上、移住未満」の1.5拠点を提案している。その他にもSANU 2nd HomeやHafH、LivingAnywhere Commonsなど分割所有やサブスク型利用の多拠点住居サービスが続々と登場しており、所有と利用を分離し、「一軒の家を丸ごと持つ」という別荘の固定費を組み替えようとしている。

ADDressの住まいのサブスクサービス

これらのサービスは、単なる宿泊業の変種ではない。家の価値を、排他的に占有することから、人生の選択肢の多様化へと移している。20世紀の住宅が「一つの土地に根を下ろす」という決意の象徴だったとすれば、21世紀の住まいは「どのように多様な社会と関係を持つか」を編集するインターフェースになりつつある。

移動は、人生をリセットする技術になる

二拠点生活の費用を計算すると、家賃、交通費、光熱費、維持管理費が並ぶ。それだけを見れば、拠点は少ないほど合理的である。しかし、人間は費用だけで場所を選ぶわけではない。私たちは、環境によって思考し、場所によって異なる自分を生きている。同じ一時間でも、都心の会議室で過ごす時間と、海辺を歩く時間では、経験の質が違う。

忙しい一週間が一瞬で過ぎる一方、旅先の一日が長く記憶に残るのは、時間が物理的に延びたからではない。経験が濃くなり、注意が目の前の世界へ戻るからである。都市生活では、同じ駅、同じ道、同じ画面を繰り返すうちに、日々が圧縮される。景色を変えることは、時間の密度を取り戻すことでもある。

移動はまた、役割を脱ぐための儀式になる。都市では、職業、役職、年収、所属企業といった記号によって人が認識される。第二の地域では、それらがほとんど意味を持たないことがある。会社では経営者である人が、地域では祭りの準備を手伝う人になる。都市ではコンサルタントである人が、畑では作業を教わる側になる。肩書を外したところに別の役割が生まれ、自分の価値が市場での成果だけではないことに気づく。

二拠点生活が一般の旅行と異なるのは、変化した視点を一度きりの非日常で終わらせず、反復する日常へ組み込む点にある。何度も同じ土地へ戻ることで、旅人から顔見知りへ、客から参加者へと立場が変わる。桜が咲く場所だけでなく、散った後の静けさを知る。漁港の景色だけでなく、時化で船が出ない日の空気を知る。地域の美しさだけでなく、その不便や摩擦も含めて関係を持つ。そのとき第二の拠点は、消費する場所から、責任を分かち合う場所へと変わる。

都市だけに暮らせば、速度や効率が社会の普遍的な基準に見える。地域だけに暮らせば、共同体の慣行が唯一の秩序に見える。しかし両方を知る人は、都市の匿名性が自由を生む一方で孤独も生むこと、地域の親密さが安心を生む一方で息苦しさも生むことを知る。どちらかを理想化するのではなく、それぞれの価値と限界を翻訳できる。この「間に立つ能力」は、多様な価値観をつなぐ人材が求められる時代に、重要な社会的資本となる。

二拠点生活は、逃避であっては長続きしない。より創造的な二拠点生活とは、一方で得た知識や感覚を、もう一方へ持ち帰る生き方である。地域の資源を都市の市場へつなぐ。都市の専門性を地域の課題へ生かす。地域で学んだ時間感覚を企業経営へ持ち込み、都市で得た編集力を文化継承へ役立てる。移動はリセットであると同時に、異なる世界のあいだをつなぐ翻訳でもある。

二つの経済を生きる

二拠点居住が生活者にもたらす最も深い変化は、異なる経済原理を行き来することかもしれない。都市では、多くの関係が価格によって調整される。時間は労働時間として計測され、専門性は報酬へ変換され、必要なサービスは購入する。市場経済は、見知らぬ人同士をつなぎ、高度な分業を可能にした。私たちの自由と豊かさの多くは、この匿名的な交換によって成り立っている。

一方、地域では市場だけで説明できない交換が今も残る。余った野菜を分ける。祭りの準備に参加する。高齢者の買い物を手伝う。家の修理を教えてもらい、別の日に雪かきを手伝う。その場で等価交換が完了するのではなく、貸し借りが関係のなかに残り、いつか別の形で返される。そこでは交換の目的が、利益の最大化ではなく、関係の継続にある。

二拠点生活者は、異なる経済の境界に立つ。都市で市場価値の高い仕事をし、地域では価格の付かない役割を引き受ける。ウェブデザイナーが商店街の広報を手伝い、会計士が地域団体の収支を整え、料理人が余剰食材の使い方を提案する。すべてを無償奉仕にする必要はないが、報酬だけでは測れない「信頼残高」が積み上がっていく。

ただし、贈与経済を無条件に称賛することは危険である。地域の善意は、ときに無償労働の強制へ変わる。「仲間なのだから手伝うべきだ」という圧力は、新しく来た人や女性、若者に過大な負担を負わせることがある。逆に、都市側の専門家が「地域貢献」を掲げながら、住民を素材として消費することもある。二拠点居住が健全な関係を生むには、市場と贈与の境界を曖昧にするだけでなく、何を仕事として対価を払い、何を共同体の相互扶助として分かち合うかを対話する必要がある。

それでも二つの経済を知る意味は大きい。市場だけに依存する人は、所得を失えば社会との接点まで失いやすい。共同体だけに依存する人は、人間関係が壊れたときに逃げ場を失う。複数の場所、複数の仕事、複数の関係を持つことは、幸福の源泉を分散することである。会社で評価されない時期にも、地域では必要とされるかもしれない。地域の関係に疲れたときには、都市の匿名性が自分を守る。人間のレジリエンスとは、困難に耐え続ける強さではなく、異なる役割へ移ることのできる柔軟性なのだろう。

国土交通省の2023年度調査では、移住でも観光でもない形で特定地域と継続的に関わる「関係人口」は推計2263万人に達した6。訪問型だけでも約1884万人であり、 これは、定住人口だけを地域の担い手とみなす発想が、すでに現実と合わなくなっていることを示す。住民票を置かなくても、定期的に訪れ、家族の介護や、買い物をし、仕事をし、祭りや地域活動に関わる人は存在する。社会は、住所によって人を「住民」と「部外者」に分ける制度から、関係の濃淡を認める制度へ移行する必要がある。

仕事、教育、老後が越境を前提に変わる

二拠点生活の障壁は明確である。先に述べた調査で、地域との関わりを持つために必要な改善として多く挙げられたのは、「時間的な余裕の確保」27.4%、「移動・滞在に伴う金銭的負担の軽減」26.7%、「交通利便性の改善」26.4%だった7。二つの土地に関心があっても、仕事を休めない。交通費が高い。現地で車がなければ動けない。住まいを二重に借りれば固定費が重い。理念よりも、こうした日常的な摩擦が普及を阻んでいる。

だから二拠点生活の未来は、移動と滞在の摩擦をどれだけ小さくできるかにかかっている。写真映えする絶景より重要なのは、普通に過ごせることだ。駅から遠すぎないか。食料を買えるか。冬に凍結しないか。通信は安定しているか。近くに診療所があるか。二拠点生活の候補地は、観光地として最も華やかな場所より、地方都市の駅周辺や、自然と生活インフラの境目にある町の方が適していることが多い。「訪れたい場所」と「暮らしを反復できる場所」は、同じではない。

現実の壁は残る。二拠点生活の実践者の多くが交通費や移動時間を負担と感じ、家賃や家財など拠点費用を負担と答えている。だから、成功する二拠点生活は、移動回数を競わない。片道一時間から三時間程度を目安にし、毎週末ではなく月一、二回、できれば一度に数泊する。充電器、衣類、洗面道具を両方に置き、荷造りを消す。金曜夜に疲れて移動するより、たとえば木曜の仕事後に移り、金曜を現地勤務にする。速い交通は往復を増やすためではなく、一回の滞在を長くする安心のために使うべきである。

新幹線網の拡張やリニアなどの高速交通は、単に目的地までの時間を短縮するのではない。「週末に行くには遠い場所」を「月に数回帰れる場所」へ変える可能性を広げる。もっとも、リニア中央新幹線のような大規模事業は開業時期に不確実性があり、速度だけで地域の豊かさが生まれるわけではない。高速交通の恩恵を駅周辺だけに閉じず、地域内交通や滞在場所、仕事、コミュニティへの入口と結びつける必要がある。

住まいも所有と賃貸の二択ではなくなる。定額制、多拠点会員権、日数単位の所有、空き家の共同利用、企業による地域拠点など、中間的な形態が増えている。これは住宅を金融資産から解放するというより、所有の意味を細分化する動きである。毎日占有する必要はないが、繰り返し帰りたい。維持管理は担えないが、地域との関係は持ちたい。こうした需要に応えるには、「持つか、持たないか」ではなく、「どの程度持ち、どの程度共有するか」という設計が必要になる。

教育においても、一つの学校、一つの地域だけが学びの場という前提は揺らいでいる。一定期間、家族で地域に滞在し、子どもが現地の保育施設や生活文化に触れる保育園留学のようなサービスは、教育と家族滞在を結びつけた8。また、一部地域では、都市と地方の学校を往来するデュアルスクール型の取り組みも行われてきた。ただし重要なのは、子どもを一時的な「自然体験」の消費者にしないことである。漁業や農業を体験メニューとして眺めるだけでなく、異なる地域にも日常があり、同世代の子どもが暮らし、大人が仕事をし、文化を守っていることを学ぶ。複数の土地を知る教育は、多様性を知識ではなく身体感覚として育てる。

株式会社キッチハイクが展開する「保育園留学」より

老後の意味も変わる。従来の人生モデルでは、退職後に都市を離れて地方へ移住するか、便利な都市に残るかが選択肢だった。しかし長寿化によって、退職後の期間は数十年に及ぶ。医療や家族とのつながりを都市に残しながら、季節に応じて地域で過ごし、農作業や文化活動、子どもの学びに関わることができれば、「引退」は社会的役割を失う時期ではなく、役割を組み替える時期になる。

リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットが指摘したように9長寿社会では教育、就労、引退という三段階の人生から、学習、仕事、休息、転換を何度も繰り返す多段階の人生へ移る。居住地も同様に、一生固定するものから、人生の段階に応じて再編集するものになるだろう。

2024年の複数拠点生活調査(マイボイス・コム)では、複数拠点を持つ人が9.4%おり、そのうち理由として親族の介護・見守りが2.1%、空き家になった実家の管理が1.7%、単身赴任などが1.3%を占め、60~70代では実家管理が最上位に挙がった10二拠点生活は、自由への憧れから始まるとは限らない。親の通院、単身赴任、相続した家という義務から始まり、そこに新しい仕事や友人が生まれることもある。高齢期に有効なのは、突然の「地方移住」より、比重を少しずつ移す方法だ。都市側には病院、子ども、文化、交通を残し、地域側には顔を知る隣人、畑、教える役割、長く通った店を持つ。体力が落ちれば滞在日数を変える。

企業にとっても、二拠点居住は福利厚生の一種にとどまらない。異なる地域、産業、世代に触れる社員は、均質なオフィスだけで働く社員とは異なる知識を持ち帰る。地域副業やワーケーションを、単なる休暇や人材派遣ではなく、学習と新規事業開発の機会として位置づけることができる。

だが、そのためには「どこでも働ける」と言いながら、事実上は常時オンライン接続を求める管理から脱する必要がある。場所の自由だけを与え、時間と成果の管理を強めれば、地域へ行っても画面の前から動けない。越境の価値は、単にオフィス外で通常業務を行うことではなく、異なる社会に触れる余白を持つことから生まれる。

二拠点居住は、人口減少社会を再編集する

二拠点居住の社会的意味は、地方へ消費者を呼び込むことだけではない。それは、人口減少社会における「地域の構成員」の定義を変えることにある。これまで自治体は、住民票を持つ定住人口を中心に制度を設計してきた。税収、学校、医療、福祉、地域活動は、原則として一つの住所に帰属する人を前提とする。しかし現実には、住民票のある場所と、働く場所、家族を支える場所、文化活動をする場所が一致しない人が増えている。

国土交通省が2024年の法改正を通じて二地域居住を制度的に位置づけ、関連法を施行したことは、この変化を国が認識し始めた象徴である。自治体が特定居住促進計画を作成し、住まい、仕事、地域交流の環境整備を進める枠組みが設けられた11。さらに政府は「ふるさと住民登録制度」の創設を掲げ、住所地以外の地域に継続的に関わる人を登録し、関係の規模や内容を可視化して担い手確保や地域経済の活性化につなげる構想を進めている。ここで重要なのは、何人を移住させたかではなく、地域にどのような関係が増えたかである。

二拠点居住の社会的意義は、まず地域経済の需要を定住人口だけに依存しなくてよくなることである。人口減少地域では、商店、飲食店、公共交通、文化施設の維持に必要な需要が不足する。月に数日であっても、繰り返し訪れる人が地域で買い物をし、サービスを利用し、仕事を発注すれば、観光客の一度きりの消費とは異なる安定した需要になり得る。大切なのは来訪者数の多さより、関係の反復性である。百万人が一度だけ訪れる地域と、一万人が毎月戻る地域では、後者のほうが持続的な商いと信頼を育てる可能性がある。

次に、地域の担い手不足を完全移住以外の形で補えることである。祭り、地域メディア、伝統産業、空き家改修、子どもの教育、事業承継には、専門性と時間の双方が必要である。しかし、そのすべてを地域内の少数の住民だけで担うのは現実的に難しくなっている。複数地域に所属する人が、年に数回でも継続的に役割を引き受ければ、地域の文化や事業を支える人材層は広がる。ただし、外部人材が答えを持ち込むのではなく、地域の意思決定に時間をかけて参加する姿勢が不可欠である。

もう一つは、災害や経済危機に対する社会のレジリエンスである。生活、仕事、情報、人間関係が一つの都市へ集中すれば、その都市が機能不全に陥ったときの影響は大きい。たとえば中央防災会議による首都直下地震の被害想定では、建物倒壊や火災などによる死者が最大約1.8万人、全壊・焼失棟数が最大約40万棟、避難所避難者が約480万人、経済的被害が約83兆円と想定されている12複数の拠点、通信環境、地域ネットワークを持つことは、個人にとっても企業にとっても代替経路を増やす。しかしこれは、平時から地域の人々と関係を築き、何を提供し、何を支えてもらうかを共有してこそ、非常時に機能する。

さらには、新しい市民性を育てることである。一人が複数の地域に帰属するとき、「自分の地域」とは何を意味するのか。住民票を置き税を納める場所だけなのか、家族がいる場所なのか、毎年祭りに参加する場所なのか。二拠点居住は、国民、県民、市民といった単線的な所属の内側に、複数のローカルな帰属をつくる。それは適切に設計すれば、地域を排他的な共同体から、関係を持つ人々が協働する開かれたコモンズへ変える可能性を持つ。

もちろん、二拠点居住には負の側面もある。人気地域では住宅が短期滞在用に転換され、地元住民の家賃を押し上げる可能性がある。地域文化が都市生活者のための商品へ変わり、住民が舞台装置のように扱われる危険もある。移動回数が増えれば環境負荷も発生する。富裕層だけが複数の地域の快適さを享受し、地域側が清掃、介護、交通、インフラ維持を担うなら、それは新しい格差である。

したがって、越境社会に必要なのは移動の自由だけではなく、関わり方の倫理である。第二拠点を持つ人は、その地域から何を得るかだけでなく、何を返すのかを問われる。空き家を使うなら、周辺環境の維持にも関わる。祭りを楽しむなら、準備や片付けにも参加する。自然を享受するなら、保全費用や交通負荷を負担する。地域側も、新しい人を永遠の客として扱うのではなく、意思決定や役割へ段階的に迎え入れる必要がある。二拠点居住を社会的な価値へ変えるのは、滞在日数ではなく、責任を含んだ関係の質なのである。

一つの住所から、人生の可能性を解放する

近代社会は、人を一つの住所に固定することで効率的に運営されてきた。住民票、納税、選挙、学校、福祉、雇用。住所は、個人を社会制度へ接続する基盤だった。この仕組みは今後も必要である。しかし、制度上の住所が一つであることと、人生の帰属先が一つであることは同じではない。

これからの豊かさは、大きな家を一つ持つことだけでは測れない。戻りたいと思える土地がいくつあるか。仕事を失ったときにも役割を持てる場所があるか。子どもに異なる世界を見せられるか。老後に肩書を失っても、誰かと時間を分かち合えるか。こうした関係的な資産は、金融資産のように数値化しにくいが、人生の安定と幸福を支える。

誰もが二つの家を持つ必要はない。毎週移動する必要もない。親の住む町へ定期的に帰ること、地域プロジェクトに継続参加すること、同じ宿や集落を毎年訪れることも、広い意味では複数の土地に生きる行為である。重要なのは、第二拠点を所有するかどうかではなく、人生を一つの場所だけで完結させないことである。

人口減少は、日本の未来を「縮小」という一語で覆っている。しかし、人口が減ることと地域に関わる人が減ることは同じではない。2263万人に及ぶ関係人口の推計は、すでに多くの人が住所の外側に関係を持っていることを示している。二拠点居住をその延長として育てることができれば、日本は東京という一つの巨大な中心と衰退する周辺から成る国ではなく、多様な地域が人の往来によって結ばれる群島型の社会へ近づくかもしれない。

その社会では、都市と地方は人を奪い合う対立項ではない。都市は地域から食、文化、自然、知恵を受け取り、地域は都市から資本、専門性、情報、若い人材との接点を得る。都市もまた孤独、住宅費、過密、災害リスクという大きな脆弱性を抱えており、地域も担い手不足だけでなく、都市にはない文化的・環境的資本を持つ。往復する人は、どちらかの代理人ではなく、二つの世界を相互に更新する媒介者になりうる。

移動はしばしば無駄とみなされる。だが人生を振り返ったとき、記憶に残るのは、効率よく処理した日だけではない。列車の窓から見た季節の変化、港で交わした何気ない会話、雪の日に火を起こした時間、祭りの後に皆で片付けた夜。移動は時間を奪うのではなく、均質になった時間に境界を引き、人生の章を増やす。

いつも仕事をする街がある。静かに考える町がある。季節が巡るたびに帰りたくなる海辺がある。肩書ではなく名前で呼んでくれる人がいる。そうした場所が一つ増えることは、人生に逃げ道を増やすことではない。人生の入口を増やすことである。

二拠点生活とは、家を二つ持つことではない。都市と地方のどちらかを選ばないということでもない。それは、効率と余白、市場と贈与、仕事と生活、個人と共同体のあいだを往復しながら、自分自身の生を編集することである。人生に、もう一つの時間を持つこと。人生に、もう一つの故郷を育てること。そして人生の可能性を、一つの住所から解放することなのだ。


注釈

  1. 総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告 2025年結果」 ↩︎
  2. 不動産経済研究所「首都圏新築分譲マンション市場動向 2025年度」 ↩︎
  3. 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査」。2023年10月時点の総住宅数は6502万戸で、2018年から4.2%増加した。空き家数は約900万戸で過去最多となった。 ↩︎
  4. ADDRESSは、株式会社アドレスが運営する定額制の多拠点居住サービス。 ↩︎
  5. NOT A HOTELは、必要な年間利用日数に応じて不動産を所有し、自身が所有する日数を使って他地域の施設を相互利用できる仕組みを展開する。 ↩︎
  6. 国土交通省「地域との関わりについてのアンケート」令和5年度調査。全国の18歳以上の約22%、推計2263万人が関係人口に該当するとされた。 ↩︎
  7. 同調査では、今後地域との関係を持つために必要な改善として、「仕事やプライベートでの時間的余裕」27.4%、「移動や滞在に伴う金銭的負担の軽減」26.7%、「交通利便性の改善」26.4%が多く挙げられた ↩︎
  8. 株式会社キッチハイク等が展開する「保育園留学」は、家族が一定期間地域に滞在し、子どもが現地の保育園等へ通う仕組みである。また徳島県などでは区域外就学制度等を活用し、都市部と地方の学校を行き来する「デュアルスクール」の取り組みが行われてきた。 ↩︎
  9. Lynda Gratton and Andrew Scott, The 100-Year Life, 2016(邦訳『LIFE SHIFT』) ↩︎
  10. マイボイス・コム【 二地域居住・複数拠点生活 】に関するアンケート調査(2024) ↩︎
  11. 2024年に「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律」が改正され、同年11月1日に施行された。自治体による特定居住促進計画、二地域居住者向けの住まい・仕事・地域交流の環境整備、特定居住支援法人等の枠組みが設けられた。 ↩︎
  12. 2025.12 中央防災会議「首都直下地震対策検討ワーキンググループ報告書」より ↩︎

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