
もう一つの広告史〜“社会のOS”としての広告の歴史と未来像
Keisuke Konishi
あらためて「広告」とはなんだろうか。JAA(日本アドバタイザー協会)は、近年の広告の希薄化や偽・誤情報の多発、人権などの問題に危機感を持ち、実は2025年4月に以下のような広告の定義を改めて行なっている1。そこでは、広告を企業の経営・事業戦略の一環として、社会的価値の創出を担うものと明示した。
・アドバタイザー(広告主)は企画・制作・表示などの役割を担う事業者と協力しながら、必要な費用を投じて、有形無形の要素から成るメッセージを作り上げるとともに、生活者に向けてメディア上で発信し、その意識や行動に働きかける。(内容)
・そして、広告活動はアドバタイザーの経営戦略・事業戦略の一環として、自らの価値提案をすることで生活者に便益をもたらすために行われる。(目的)
・広告とは、以上のような内容と目的を特徴とする、情報の送り手と受け手の双方にとって有益なコミュニケーション活動およびその成果物のことである。 (*太字は筆者)
ここでも述べられているように、広告を形成する要素には、①有償性(媒体への対価支払い)、②目的性(情報提供と説得)、③不特定多数への伝達、④媒体依存(マスメディアからプラットフォームまで)、⑤行動・態度変容の期待という5つのコアがある。
もちろん広告は単に売り手(広告主)がターゲットに商品を売るための宣伝だけではない。ここには書かれていないが、メディアやプラットフォームを支え、生活者や国民にとって情報やコンテンツを(無料で・安価に)届ける社会的機能を果たしている。たとえば都市空間では看板が道案内となり、新聞では購読料を補填してジャーナリズム機能を支え、テレビでは国民的共有体験をつくり、デジタル空間では広告がプラットフォームサービスの無料利用を可能にしてきた。
それにとどまらず、今日の広告は、情報流通・文化創造・メディア財源・データ経済の四層を束ねる「社会のOS」だと言える。本稿では、マスメディア以前・以後の時代から、デジタル・AIプラットフォームの浸透によって、広告の機能と価値の重心が劇的に移り変わってきたことを歴史的視点で俯瞰しながら、誰も書かない“もう一つの広告史”を記述することにトライしてみたい。
古代世界から江戸へ─「声・印・絵」が生んだ最初の広告
広告の歴史は古く、人類の文明の発展とともにその“広く告げる”役割が生まれてきた。紀元前3000 年頃のエジプト・テーベで発見されたパピルス文書「奴隷シェム捜索広告」は、逃亡奴隷の捜索と同時に織物商ハプの店を宣伝しており、世界最古の商業広告の一つとされている2。 “ロスト&ファウンド+販促”のハイブリッド広告だ。

最古の広告とされるパピルス奴隷シェム捜索広告(ただし学術検証は限定的):大英博物館
またローマ帝国ではポンペイの街壁に描かれた居酒屋や剣闘士試合のポスター、価格表付きのワイン看板が発掘されている。視覚的アイコンと価格を組み合わせた掲示は、リテラシーが限定的な市民にも伝達手段として機能した3。中国では戦国期に竹簡で「商人范氏の刀は切れ味抜群」という宣誓文が流布し、信用担保としての広告が現れている4。象徴やコピー(標語)は時代と地域で異なったが、「誰かの注意を買うことで取引を促す」という本質は共通していた。
印刷技術以前の広告は、行商人の口上、宿屋の看板、街頭の呼び込みといった身体的コミュニケーションに依存していた。都市が拡大し商人階層が台頭すると、情報を遠隔に届けるニーズが生じ、15世紀のグーテンベルクによる活版印刷はハンドビル(ビラ・チラシ)という量産可能な宣伝手段を生んだ5。また18世紀末に石版印刷(リトグラフ)が完成すると、ロートレックなど鮮やかな図像を載せたポスターが大衆文化と結びつき、掲示板や塀の空き地を「面」として買い取り長期で販売する屋外広告業者が登場する6。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《シンプソンのチェーン》(1896)三菱一号美術館蔵
日本に目を移すと、奈良時代の市(いち)では張り紙の代わりに「市召(いちめし)」と呼ばれる触れ太鼓が巡回し、声で市況を知らせた。江戸期の都市には、行商の口上や絵看板に加え、引札(ひきふだ=チラシ)が流通した。1683年、越後屋(三越の前身)は「現金掛値なし」の革新的な商法を知らせる摺物を配り、行列を生んだという7。

鳥居清長《駿河町越後屋呉服店図》:柱や高札に「現金無掛値」などの札を連ね、来客の視線を囲い込む“インドアメディア”の原型とも言える
引札は木版多色刷り(浮世絵技術)で華やかさを競い、歌舞伎役者の似顔絵入り化粧品広告や、越中富山の薬売りが渡す「置き薬目録」など、物語性を帯びた販促ツールへ進化した。
マスメディア黄金期─リーチとフリークエンシーが経済を動かす貨幣に
産業革命が大量生産システムを整えた19世紀末、印刷機械の高速化と鉄道・蒸気船による輸送インフラの発達で新聞の発行部数は爆発的に伸び、人びとは初めて「読者」ではなく「消費者」という集合体─すなわちマス(大衆)を自覚した。米国では都市人口の膨張と移民流入により、発行部数が前年比200%成長を記録する新聞社も現れ、広告収入が新聞経営の60%超を占めるようになる8。
この新聞ビジネスを支えたのが1869年にニューヨークで確立したという広告媒体の15%コミッション制である。広告代理店は紙面の広告枠を一括で買い取り、広告主に定価で再販する。差し引き15%のマージンは「枠を束ねる」だけで生まれるため、代理店はとにかく量を求めて全国紙へ進出し、のちのアドエージェンシー体制の萌芽をつくった9。
第一次世界大戦後に登場したラジオでは、放送の協賛広告が登場し、1930年代には番組制作費を負担する代わりに社名を冠するスポンサーシップが常態化した。聴取者は電波を無料で受信できる代わりに広告を聴くというモデルが定着したのである。
テレビは第二次世界大戦後の1950年代に爆発的普及を遂げ、アメリカではゴールデンタイムが生活リズムを規定するほどの影響力を持った。1950年に9%だった米国世帯普及率が1959年には85.9%へ急伸10。日本でも高度成長期に「三種の神器」(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)が国民的な購買目標となり、1965年にテレビ普及率95%を記録している11。
この時代、広告価値を決めたのはリーチ(一定期間に広告へ1度でも接触したユニーク視聴者)とフリークエンシー(平均接触回数)を最大化できるかどうかだった。テレビは一家に1台という特性から、番組とともに広告を視聴しない選択肢がほぼない、という強制力を持っていた。このリーチとフリークエンシーを最大化するため、代理店はコミッション制を導入し、媒体・制作・リサーチを内製化するフルサービス体制を築く。1960年代のマディソンアベニューではBBDO、DDB、JWTなどクリエイティブ志向の代理店が台頭し、差別化の主戦場はコピーライティングと映像演出へ移行した。まさに”マッドメン(Mad Men)”の時代だ。
こうして大衆煽動力を示しながら、広告クリエイティブは質的転換を遂げる。1940年代の「シボレー・国民の車」キャンペーンが大衆車を”愛国的シンボル”へ昇華し、1964年の民主党のリンドン・ジョンソン大統領候補の陣営は、テレビCM「デイジー」で少女の花占いから核爆発映像へ切り替えて政治広告に情緒的インパクトを導入した。広告は「数値の競争」だけでなく「感情の刺激」を競う舞台に変わったのである。

シボレー・国民の車 キャンペーン:”See the USA in your Chevrolet”
“Daisy” Ad (1964): Preserved from 35mm in the Tony Schwartz Collection
また広告代理店はこのリーチ爆発を武器に、番組買い切り方式とスポンサーシップを常態化させた。番組制作費を肩代わりする代わりに番組タイトルとCM枠を占有する手法で、P&Gが仕掛けた昼ドラ「ソープオペラ」は洗濯用石けんの販促を目的に量産され、主婦がテレビの前にいる昼帯を「洗剤広告の黄金時間」に塗り替えた12。企業は均質な大量生産品を“国⺠共有の夢”として包装し、広告の価値は「大衆の欲望を同調させる物語の創出」へ転換したわけだ。

米国のソープオペラ『アズ・ザ・ワールド・ターンズ』より
視聴率と発行部数という規模の経済が機能する限り「リーチは正義」だった。大量生産〜大量広告〜大量消費という三位一体のサイクルは、経済をドライブさせただけでなく、広告が商品を国民的ストーリーに変える装置だという神話を定着させた。
また、巨額のメディアバイイングを可能にした代理店の金融的機能は、広告枠を棚卸資産として先買いし、あとでクライアントに売りさばくスペース・ブローカー型モデルに依存していた。これが後年、WPPやオムニコムなど世界大手ホールディングスを生む土壌となっていく。
いっぽう日本では電通が民放テレビ局の開設を主導した。日本でも1950〜80年代にかけてテレビコマーシャルの黄金期を彩る名作が相次ぐ。58年の雪印「バターは雪印」は冷蔵庫普及に合わせて“毎朝トースト文化”を定着させ、63年の日清「チキンラーメン」は「すぐおいしい、すごくおいしい」の耳に残る連呼でインスタント麺を“忙しい主婦の味方”に仕立てた。66年の資生堂「太陽に愛されよう」は健康的な小麦色の肌を新しい美意識として提示した13。電通は1973 年には世界売上トップ代理店となる。
1983年CM サントリー ローヤル ランボオ
情緒価値創造競争は80年代にピークを迎え、83年サントリーローヤル「ランボー」シリーズは、ウイスキーの映像詩として、詩人ランボーになぞらえた放浪と孤独を大胆なビジュアルで描き出した。高級ウイスキーを飲む行為そのものを”文化資本”に見立て、視聴者に語らぬ物語を読み取らせる作法は、後年のラグジュアリーブランド広告に直結する。88年から放映されたJR東海「クリスマス・エクスプレス」は、新幹線ホームの再会を60秒の恋物語に凝縮し、「恋人と過ごすクリスマス」というライフスタイルを、トレンディドラマの黎明期とも相まって時代の空気に定着させた。黄金時代の広告の話は尽きないが、これぐらいにしておこう。
しかし黄金期は同時に亀裂も内包した。視聴率至上主義は視聴者の多様性を「平均値」に押し込み、マスの価値観や多数派の同調圧力、ジェンダー等の偏見を助長し、少数派の声やローカル文化を周縁化した。そして1990年代にテレビ視聴率が漸減に転じると、巨大代理店はクリエイティブ投資よりも効率管理を優先し、広告はデータに基づく「効率工学」の色彩を強めていくことになる。
それでも、家族や世間が同じ番組を見て笑い、広告が話題になり新たな価値観を浸透させた光景は、広告が「社会の共通言語」を構築した稀有な瞬間を示す。マスメディア黄金期は、後に訪れるターゲティング時代の対極に位置する“万人向けの夢”を映し出したのである。
グローバル代理店の寡占─規模・効率・M&Aの時代
1980年代、世界のテレビ広告費は年間で2桁成長を続け、90年には推計2,050億ドルを突破した14。熾烈な枠取り合戦のなかで、広告代理店は「在庫を束ねて金融的にさばく産業」へと自覚的に変貌する。その象徴的人物が、英WPPを率いたマーティン・ソレルである。ソレルは87年、J. Walter Thompson(当時世界最大級)を買収し、89年にOgilvyを呑み込み、一気に世界1位の売上規模のグループを誕生させた。
WPPの戦略は「メディア支出を握ればクリエイティブ部門も巻き取れる」というものだった。97年にはメディアバイイング子会社Mindshareを設立し、03年のGroupM創設で買付け量を年400億ドル規模へ集中させる。同様に米オムニコムは96年にOMDを、仏ピュブリシスは01年にZenithOptimediaを組織し、欧米広告市場はWPP・オムニコム・ピュブリシス・インターパブリックの「ビッグ4」が寡占する体制へ収斂した。
買付量を武器にした値決めは、従来の15%コミッション制を急速に崩壊させる。90年代半ば、P&Gなど大手広告主はROI(投下資本利益率)を開示しない案件を拒むようになり、フィーはプロジェクト制・成功報酬制へ細分化されていった。メディア部門が連続して分社化された結果、クリエイティブ一社、メディア一社の“ツーボックス体制”が世界標準となった。
いっぽうアジアでは電通が独自の垂直統合モデルで対抗する。60年代から国内マスメディア広告費の約3割を握り、91年には売上1兆円に到達。2001年の東証上場を経て、12年に英Aegisを買収しDentsu Aegis Network(現dentsu international)を発足させた。Aegisが強みとしたオンラインメディア運用と国際ネットワークが加わり、電通はテレビ、OOH、デジタルの“全在庫一括交渉力”で欧米勢に肩を並べた15。
M&Aの嵐はクリエイティブの多様性を奪うとの批判もあったが、巨大資本の下ではむしろ”広告のスーパーボウル化”が進み、大規模な予算を掛けた大作が生まれるようになった。84年のApple「1984」や88年のNike「Just Do It」は1本に数百万ドルを投じグローバルメディアで同時放映される“イベント型CM”の典型である。
しかし2000年代に入ると、インターネット広告の台頭でメディア在庫が瞬間的に生成・価格変動する時代へ移行していく。メガエージェンシーが構築した「規模と交渉力の経済」は、プラットフォーム企業─GoogleやMeta─により急速に浸食されることになり、メディアの買付量だけでは粗利を維持できなくなってゆく。ビッグ4と電通が頂点に据えた垂直統合モデルは、その巨大さゆえに変化への身軽さを失い、“データとアルゴリズム”という全く新しい通貨を持つ対抗勢力に主導権を奪われる布石ともなったのである。
デジタルシフト─データとアルゴリズムの新通貨へ、そして“在庫の市場化”
1994年10月、オンライン誌HotWiredのページに横長の小さな画像が現れた。青地に「Have you ever clicked your mouse right HERE?」とだけ書かれた、AT&Tの世界最初のバナー広告である。試しにクリックした人は全読者の44%。いまでは想像がつかない高い「クリック率」で、彼らは未知のウェブページへ飛ばされた16。クリック課金(CPC=クリック1回ごとに料金が発生する方式)という概念が、ここで産声を上げた。広告枠は紙面のように“面積”ではなく「反応」で値付けされる商品へと変わった。

世界最初のバナー広告
2000年、社員数わずか200人あまりのグーグルがAdWords(当時リスティング広告)をサービス開始。初期参加企業はわずか350社、課金はまだCPM(表示回数)ベースだったが、入札式のCPC(クリック回数)へ移行すると小さなショップでも「1クリック=数十円」で世界市場に出稿できるようになり、eBayやAmazonが月数百万ドルを投下して売上を伸ばす“検索経済”が成立した17。広告が「誰に(検索語=クエリ)」と「いくら(入札額)」で自律的に売買されるオークション市場は、テレビCMと違い在庫が常に生成・消滅する“株式市場”さながらのスピード感を帯び、革命的な変化を広告業界にもたらすことになった。
また2007年、フェイスブック(現Meta)は無料SNSとして集めた個人データを武器にニュースフィード広告を開始した。タイムラインに自然な形で挿し込まれる「ソーシャル広告」は、クリックや「いいね!」と連動して友人の顔写真付きで派生表示されるため、CPE(1エンゲージメント課金)であってもクリック率は従来バナーの10倍以上と報じられた18。「人間関係自体を媒体として売る」という革新的なモデルが成立した瞬間でもあった。

facebookの初期のニュースフィードと広告(出典:WEF)
こうして広告はGRP(延べ視聴率)の世界からIDベース到達の世界へ移行する。瞬時に価格が決まるRTB(リアルタイムビディング)は1秒の千分の1でオークションを終え、DSP/SSP(広告主側・媒体側の自動売買システム)とDMP(データ管理基盤)が数百万件を同時にさばく。もしテレビが「見上げる夜空の花火」なら、プログラマティック広告は「顕微鏡の細胞分裂」の速さだ。世界規模でのマイクロターゲティングは圧倒的な効率と効果を実現し、2023年のプログラマティック取引規模は6,783億ドル、世界の新聞・雑誌広告費を合わせても届かない桁に成長した19。マス広告を打つ予算のなかった企業や個人が、低コストで小規模なターゲティング広告市場に参入できるようになったことも広告市場成長を牽引した。
このようにデジタル広告は全く異なる手法・プロセス・技術をもつ新たなインターネット産業として突如現れ、破壊的イノベーションとして急激に旧来のメディア広告と置き換わっていった。実際、マスメディア売上が中心の大手広告会社では、多くの人が未だに最大の広告メディアとなったデジタル広告の仕組みを充分理解していないほどだ。
象徴的キャンペーンも生まれた。ユニリーバの「Dove Evolution」(06年)は女性の素顔がデジタル加工で変わる過程をYouTubeで公開し、半年で1,200万ビューを獲得。ブランド動画のシェア数は06年比70倍に跳ね上がった。10年オールドスパイスの「Old Spice Man」はTwitterとYouTubeを連動させ、視聴者の書き込みへ最速15分で動画返信を出すリアルタイム施策を展開し、売上は前年同期比107%増を記録した。
ユニリーバの「Dove Evolution」(06年)
そして2020年代、動画視聴の半分以上がスマートフォン経由となり、TikTokやYouTube Shortsの6秒・スキップ不可の動画が、視聴者の可処分時間を争奪している。クリック課金が拓いた在庫市場は、スマホで個人化・24時間化したメディア接点で生活者の隙間時間まで細切れにしながら、いまも拡張し続けているのである。
こうして広告取引はミリ秒単位、価格はeCPM(1,000インプレッションあたりの実効コスト)・CPC(クリック単価)・CPA(顧客獲得単価)と多様化し、「誰に」「いつ」「いくらで」届けるかが自動化されたことで、価値の中心はクリエイティブではなく「データ」へ移動した。その結果として、2024年段階でGoogle・Meta・Amazonの3社だけで世界広告費の51%、中国を除くと61%を握るほどの占有率を誇るようになった20。これは地球上で流れる広告費の2ドルに1ドル以上が3社の懐へ入る計算だ。この状況で広告メディアや広告代理店が居場所を失ってしまうのは必然だ。規模とIDデータを両立できるプレイヤーが収益を独占し、広告主は代理店を経由せず自分で操作するツールでキャンペーンを回す構造が定着した。
代理店はデジタル広告の世界でメディア枠を“買う”役割を失いつつあり、川上からクライアントの広告予算を押さえるため、データ統合とクリエイティブ戦略のコンサルタントへ軸足を移す―言わば「仲買い」から「航海士」への転職を迫られたのである。しかも、川上領域に強みを持つアクセンチュアやデロイトなどのコンサルティングプレイヤーが市場変化に先手を売って、デジタルマーケティング領域でクリエイティブエージェンシーなどのM&Aを重ねてポジションを築いていった。今やアクセンチュアが世界の広告業界ランキングのトップ4に入るなど、この分野の強力な対抗馬となっている。
誰もが広告主になれて、仕組みのブラックボックス化したデジタルメディアでは副作用も表面化する。RTB環境では広告詐欺(アドフラウド)が世界で年間650億ドル規模で発生していると推計され、広告ブロッカーは22年に世界ユーザー数が3億人超へ拡大21。ビューアビリティ(広告が実際に表示された割合)やブランドセーフティ(ブランドイメージの毀損を防ぐために、広告が不適切なサイトやコンテンツに表示されないよう対策を行うこと)の指標が整備され、IAB(Interactive Advertising Bureau)は15年に広告インプレッションの表示基準を規定するMRC(Media Rating Council)基準を発表した。
クリック課金が切り開いた“瞬時の価格形成”は、やがてパーソナライズ、アドフラウド対策、プライバシー規制、そしてAIによる最適化へ連鎖し、広告ビジネスはマスメディア時代の垂直統合から“水平分業+再統合”の迷宮へと突入したのである。ここまできて広告が、デジタルメディアの氾濫と自動化・効率化が極限まで進む中でいかにその中身が変質したかがわかるだろう。一方で広告が信頼や人間的魅力を失い、“広告に追われ、広告が嫌われる”存在になってしまったのも、こうした変化が生み出した課題といえよう。
AI時代─生成エンジンが創造と配信を統合する
“ビッグアイデアを練るのに1か月、絵コンテを描くのに1週間、試写に数百万円”。そんな広告制作の工程を一夜でひっくり返す出来事が発表された。 2023年5月、WPPとNVIDIAが発表したOmniverse生成コンテンツエンジンである。クリエイターがテキストで「夜明けの東京を駆け抜ける電動SUV」と打ち込むと、数分でHDR映像、3Dモデル、バンパー広告用の6秒カットまで自動生成し、メディアプラン側の入札ロジックと同期する。WPPは「制作工数を70%圧縮し、撮影用車両1台当たり18トンのCO₂を削減した」と試算した22。
生成AIはプロンプト(こんな広告を作ってと指示を入力)〜バリアント生成(AIが一気に何百パターンもの案を自動生成)〜多腕バンディット(配信後の反応を見ながら最適化・投下量を集中)の高速ループを回し、人手のA/Bテストを桁違いに短縮する。ケチャップのHeinzは、画像生成AIのDALL·Eに「世界一有名なケチャップを描いて」と指示すると、すべての出力が“赤いボトル+Heinzラベル”になった事実を逆手に取り、20か国でUGC(ユーザー投稿コンテンツ)を誘発。11億超のリーチと投資対効果25倍を記録した。翌24年にはコカ・コーラが名画の中でボトルがバトンリレーされる『Masterpiece』を公開し、公開1週間でYouTube再生1,000万回を突破。「生成AIで絵画の魂が踊る」というコピーがSNSで拡散した。
生成AIは広告の企画・制作から表現自体、そしてメディア配信と最適化のビジネスを根本的に変えつつある。しかし本当の地殻変動は「誰に届けるか」ではなく「誰が買うか」に起きる。Bain & Companyは25年春のレポートで「AIエージェントが“新しい中間業者”になる」と警告した。生成AIソース経由のECトラフィックは24年7月から25年2月にかけて1,200%増、検索回遊を飛ばして“0クリック購入”へ直行するケースが急増している23。
これに対してGoogleは25年には検索にAIを統合、AIを検索結果のトップに表示する「AIによる概要」機能や、より複雑な質問にも対応する「AIモード」などの機能を導入し、また広告だけでなくAIの有料課金ビジネスモデルへの転換を急速に図りつつある。
また米ウォルマートは24年10月、AIショッピングアシスタントを発表し、棚替えや価格設定をエージェント前提に再設計するロードマップを公開した。Perplexity AIの創業者は「いずれ広告の顧客は人間ではなくAIになる」と断言し、広告主は“アテンションの争奪”より“アルゴリズムへのラブレター”を書く必要があると語る。
プラットフォーム各社は囲い込みとAIのビジネスモデル組み込みを強化し、媒体・データ・生成基盤を独占する分散型垂直統合を敷こうとしている。その一方で、人を軸としたライブコマースやクリエイター経済が広告と販売の境界を溶かしている。これからの競争軸となるのは、プライバシーと透明性を両立したデータ基盤、生成AIを含む動的クリエイティブ制御、そして人のコミュニティと長期に築く信頼資本の3点である。
OpenAIのサム・アルトマンは「広告代理店業務の95%をAIが置き換える」と豪語したが24、事実はもう少しドラマチックだ。BBDOやTBWAは、AI企画部門を立ち上げてから8か月で大型国際ピッチの勝率が1.8倍に跳ね上がったという。クリエイティブディレクターの役割は「打ち上げ花火」から「生成物の選別&ルール設定」へ移り、プロンプトエンジニア+ブランド法務という新ユニットが現場の主役になりはじめているのだ。
広告の未来─「推奨経済」と「信頼資本」が駆動する
2030年代に向け、広告ビジネスで既に起こりつつある変化のトレンドを俯瞰してみよう。第一に、ユーザーの代わりに検索・比較・決済を自動実行する AIエージェント購買の本格普及である。いま音声アシスタントやチャットボットの背後で学習中のエージェントは、すぐにユーザーの嗜好・予算・倫理観を勘案し、最適な製品を瞬時に提示するだろう。そして広告主が買う対象は「人間の注意」ではなく「エージェントのアルゴリズム的好感度」に移るだろう。
第二に、小売企業がもつリテールメディアのインフラ化である。Amazonに代表されるEコマースの台頭とPOS、会員IDの統合により、大手小売は広告在庫と購買データを同時に握る“媒体”へ進化した。電子棚札やデジタルサイネージはリアルタイム在庫と連動し、購買直前の瞬間に広告を差し込む。これはテレビのゴールデンタイムを凌ぐ「フェーズ0」の接点であり、Amazonの2025年の小売メディア広告収入は600億ドル(約8兆7,106億円)を超える見込みだ25。広告代理店はバイイング業務からサプライチェーン最適化や在庫マネジメントを伴うコンサル領域へ軸足を移さざるを得ない。
第三の流れはインフルエンサーマーケティングの隆盛だ。同じ推奨でも、本物の人間の顔と声・対話には、AIでは代替できない情緒と社会的な認証がある。実際、世界のインフルエンサーマーケティング市場は2025年に298億ドルへ前年比で35.6%成長し、日本でも年16%ペースで急速に成長中である26。ライブコマース全体も32%の年成長で30年に7789億ドルへ膨張する見込みだ27。AIはこうした「人の推奨」をも最適化する。クリエイターとブランドのマッチング、投稿内容の自動ガイドラインチェック、類似フリークエンシー管理などの裏側で生成AIが稼働し、代理店はインフルエンサーの組織化を新しい職能に加える。すでにWPPは24年、数万名のクリエイターを品質スコアで可視化し、リーチ効率を32%改善したと報告している28。
最後に、第四の流れがプライバシー規制とサステナビリティ要求の高まりである。サードパーティ Cookie 廃止は延期されつつも既定路線であり、個人データではなく集合的シグナルを返す Topics API やサーバーサイド計測が新基盤になる。欧州を中心に、広告視認時間を秒単位で計測する Attention Timeや、CO₂排出原単位を組み込んだ Green GRP(温暖化係数を重みづけした到達値)が試験的に登場している29。成果の裏に潜む環境コストを可視化しなければ、広告そのものがブランド毀損のリスクを孕む時代が来るかもしれない。
最後に:広告のこれから~二つの未来図
2011年、世界最大の広告賞「カンヌ国際広告祭」は早々に正式名称を「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」に改め、エントリー部門から “Advertising” の語を落とした30。評価対象はテレビCMやプリントだけでなく、社会実験、アートインスタレーション、さらには自治体の公共サービス設計へと拡張され、2024年にはグランプリ受賞作の半数が「広告枠を買っていない」プロジェクトとなった。業界の権威が自らの看板から「広告」を外し、人間の創造行為全般へリポジショニングしたのである。
これは広告の未来を考える上で象徴的だ。いま目の前には二本の道が延びる。一方はAIが極限まで効率化する高速道路の「シリコンロード」。検索、比較、決済をエージェントが自動で完結し、生成AIが一秒で数百のクリエイティブを量産し、最適案だけを配信する。商品はメタデータとCO₂排出係数で評価され、人間は迷わず、ブランドは無駄なく、地球は余剰を抱えない。この世界では「売る」より「解く」がキーワードになる。意思決定プロセスの前半—情報の絞り込み—を機械が担うことで、広告は見えなくなり、代わりに“推奨アルゴリズム”が静かに働く。
対照的にもう一つの道「ヒューマンレーン」は、情報ではなく温度で動く。フォロワー数が一万人にも満たないマイクロインフルエンサーが地域の暮らしを語り、職人が店頭で素材に触れ、土地の記憶を重ねる。広告はバナーでも動画でもなく、来訪者の五感に刻まれる“出来事”として設計される。そこでは生産者と消費者が同じ土俵で語り合い、ストーリーの主語が「わたしたち」に変わる。数値にならない余韻が価値の中心へ戻り、購買はコミュニティを耕す行為になる。そこでは企業と生活者が人間的な文化をともに生み出すことが目的となる。
カンヌが示したのは、この二本の道が決して対立軸ではなく、螺旋のように絡み合うという事実だ。効率を突き詰めるAIが下層で摩擦を取り払い、その上層で“人間らしい無駄”が創造力を解き放つ。バックエンドはシリコンロードのロジックで動きながら、フロントエンドはヒューマンレーンの物語を届ける――これが次世代の“広告を超えたクリエイティビティ”の姿になっていくだろう。
広告会社はこの二層世界の橋渡しになる道が残されている。つまり、データや物語を打ち合わせ、ブランドと社会の人間性と文化を“クラフト”していく人たちを指している。データサイエンティストが環境指標を整え、エンジニアが生成AIを運用し、脚本家と社会心理学者が物語を鍛える。クライアントに売るのは枠でも視聴率でもなく「ブランドと生活者が”これからの物語”を共同執筆する場」だ。AIが合理性を、インフルエンサーが共感を、リアルな作り手の物語が人間性と文化を強くする。そうして生まれた体験はもはや広告と呼ばれないかもしれない。
行き先の標識は「シリコンロード」と「ヒューマンレーン」、二つ並んでいる。だが、どちらを走っても最後に求められる燃料は同じ―人間の想像力である。エンジンがAIでも蒸気でもかまわない。ハンドルの先に広がる景色を面白くできるかどうかが、人のクリエイティビティの未来を決めていくはずだ。
<脚注>
- 日本アドバタイザーズ協会〈アドバタイザーによる広告の定義〉全文(2025-04-22)https://www.jaa.or.jp/guideline/definition/ ↩︎
- 奴隷シェム捜索パピルス(EA 10247)所蔵解説|大英博物館 ↩︎
- ポンペイ壁面広告・落書きデータベース(Universities of Oxford & Warsaw “Pompeii in Pictures”) ↩︎
- Wikipedia “Bamboo and wooden slips” 5th c. BC 概説(竹簡と商用文) ↩︎
- Encyclopædia Britannica “History of publishing – Early Printing” https://www.britannica.com/topic/publishing/The-age-of-early-printing-1450-1550 ↩︎
- Encyclopædia Britannica “Lithography – Colour lithographs, Toulouse-Lautrec” ↩︎
- アドミュージアム東京 常設「ニッポン広告史 江戸篇」https://www.admt.jp/exhibition/jp_ad_history/edo/ ↩︎
- Newspaper Association of America “Historical Advertising Revenues” ↩︎
- New-York Times archives “The Advertising Agency System” ↩︎
- Nielsen “HISTORICAL TV HOUSEHOLD ESTIMATES 1949-2023” ↩︎
- 総務省情報通信統計 “テレビ受信契約数(1955-2023)” ↩︎
- P&G Soap Opera 歴史年表(会社公式アーカイブ “Heritage”) ↩︎
- 各企業アーカイブより, wikipedia ↩︎
- ZenithOptimedia “Global Advertising Expenditure Forecasts” ↩︎
- The Economist アーカイブ “Japan’s Dentsu—Big Fish in a Big Pond” (1973-09-22) ↩︎
- Wired Magazine アーカイブ<Have You Ever Clicked Right HERE?> ↩︎
- Google Official Blog:20 Years of Ads ↩︎
- Facebook Developers Blog (2007) ↩︎
- eMarketer Chart “Programmatic Ad Spending Worldwide 2020-2025” ↩︎
- GroupM “This Year Next Year 2024 Global Mid-Year Update” ↩︎
- Juniper Research “The Future of Digital Advertising Fraud” (2024) Exec Summary ↩︎
- WPP × NVIDIA Omniverse 共同リリース(2023-05-22) ↩︎
- Bain & Company White Paper The Rise of AI Shopping Agents (2025-04) ↩︎
- Sam Altman インタビュー “The Advertising Future” (The Atlantic 2024-02-09) ↩︎
- eMarketer Global Retail Media Ad Spending 2024–2028 ↩︎
- Influencer Marketing Hub Influencer Marketing Benchmark Report 2024 ↩︎
- Grand View Research “Live Commerce Market Size, 2023-2030” ↩︎
- WPP News “Creator Scorecard Improves Reach by 32 %” (2024-11-18) ↩︎
- Green GRP パイロット手法(EU 2024-01 Interim Report) ↩︎
- Cannes Lions 公式 “About / History—2011 Rebrand” ↩︎