なぜ今、改めて企業ブランド向上が必要か

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Keisuke Konihi

今日的な企業ブランドの役割と重要性の変化

今、改めて企業ブランド(コーポレートブランド)への注目が高まっている。その背景には、今までとは異なる文脈が存在しており、まず企業ブランドの役割の変化と、ブランディングのフォーカスの遷移について整理する必要がある。

企業ブランドの役割は、消費市場だけでなく、資本市場、調達市場、ビジネス市場といった幅広いステークホルダーに対して認識形成と関係構築を行うことである(図1)

1970-80年代のロゴや企業イメージ戦略を中心としたCI(Corporate Identity)ブームを経て、日本で「企業ブランド」が経営課題として取り組まれるようになったのは1990-2000年代である。デービッド・A・アーカーの「ブランド・エクイティ戦略」(ダイヤモンド社)が1994年に日本でも出版され、企業の時価総額に占める無形資産の割合が高まる中で、企業経営の重要な「資産」としてのブランドへの注目が集まったのがこの時期である。

また、日本企業の成長に伴い、グローバル化・多角化・M&Aによるグループ経営が拡大し、単体企業を超えたグループの求心力が求められるようになったこと、戦後の創業者によるカリスマ経営からの世代交代の時代を迎え、ブランド経営への転換が求められていたことも時代背景として挙げられる。

グローバルな市場競争の中で、製品やサービス単位のブランド構築よりも、企業ブランドとしての技術や品質、信頼といったレベルでの効率的な投資による差別化が不可欠となったことも指摘できる。また、利潤追求一辺倒の企業活動に対する批判も顕在化し、企業の社会貢献(CSR)というテーマも議論されるようになった。

当時はコーポレートブランド経営が一つのキーワードであった1。すなわち、日本企業の重要な無形資産としての企業ブランドに注目し企業価値(株主価値)を高めること、多角化・グローバル化する企業や組織のガバナンス・求心力強化を図るとともに、企業ブランドを軸とした市場での差別化を図っていくことが主なフォーカスとなっていた。

「ESG」から「人的資本経営」をめぐる経営環境変化

しかし、「失われた30年」と呼ばれる日本経済停滞の時代を経た2020年代の今では、企業の経営環境も大きく変わっている。図はその社会・経済環境と経営課題の大きな変化に基づく、今日の企業ブランドの役割とフォーカス変化を示している(図2)

2008年のリーマンショックを経て、経済格差や環境破壊など、行き過ぎた株主資本主義の弊害が顕在化し、さらには地球温暖化が深刻化するなど、社会課題への対応がグローバルな企業経営の重点テーマとなっている。こうした中で、ESG(環境・社会・ガバナンス)を軸とした投資家の責任投資原則(PRI)2の考え方が徐々に広がってきた。

2015年にはCOP21にて途上国を含む温暖化対策「パリ協定」が締結され、同年の国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択された。日本でも金融庁が「責任ある機関投資家の諸原則」(日本版スチュワードシップ・コード)を2014年に発表し、翌年GPIF3がPRI署名をしたことから、日本でもESG投資が大きく拡大することとなった。

こうした一連の動きによって、事業を通じて社会課題解決と持続可能な成長を実現する主体としての「企業」への役割変化が投資家からも求められるようになり、資本調達の観点からも経営の重点課題となった。企業ブランドとしての新たなステークホルダー・コミュニケーションが重視されるようになった要因はまずこの点である。

それだけではない。今日では企業と個人の関係も大きく変化している。企業にとっては人こそが価値を生み出す源泉であるが、日本企業の従業員エンゲージメントは、ギャラップ社4など複数のグローバルな調査で世界最低水準であることが示されており、働き方やモチベーションの問題が、日本企業の生産性の低さの原因ともなっている。

いわゆる終身雇用システムの限界が見える中、個人のキャリア志向の高まりと共に転職市場も急拡大し、雇用の流動性もかつてないほど高まっている。また、少子高齢化による生産年齢人口の減少で人手不足が拡大する中、人材の獲得と人材価値の向上が、経営の最重要課題の一つとして認識されるようになった。

しかし、スタートアップ企業や外資系企業など、自由な職場環境で個人の能力・多様性の発揮を重視する企業が、イノベーションと成長を実現して注目を集めるのに対して、今や“JTC”(Japanese Traditional Company)と揶揄される、伝統的な日本企業の同質的な価値観や組織文化・ワークスタイルは、若い世代ほど敬遠するようになっている。

SNSなどメディアの多様化と個人の発信力強化により、企業が消費者と直接繋がることで企業の実態がより伝わるようになり、「炎上」なども多発するようになった。

企業にとっても、デジタル化と破壊的イノベーションによる市場創造が求められる時代において、かつての大企業の「暖簾」としてのブランドは、既存の価値観やカルチャーに拘泥し、イノベーションを阻害する要因にもなりかねない状況である。旧来の組織の価値観やガバナンスを変革し、市場創造を実現する個人や組織の“遠心力”こそが求められている。

こうした中で2020年に発表された経産省の人材版・伊藤レポート5に始まる「人的資本経営」は、官製ブームの側面も強いが、2023年度からISO30414準拠の人的資本情報開示が有価証券報告書で義務付けられる6など、ビジネスの世界を賑わせている。

企業の社会的役割には、利益を上げるだけでなく「人を育てる」ということがある。長期雇用の日本企業が本来得意だった理想的な「人的資本」に対する投資とは、人を育てることでより大きな価値を生み出す人材を増やし、企業の成長と従業員のエンゲージメント向上の好循環を生み出すことにある。

「人的資本」の向上は、イノベーションや生産性向上が主な目的だが、それには個人の能力と動機を高め、価値創造に力を発揮できる環境づくりが重要となる。ワークライフバランス最適化、男女の雇用格差解消とダイバーシティ&インクルージョンの推進、リスキリングや給与向上などの人材戦略が課題となり、旧来型の価値観やカルチャー変革を含む、今日の企業ブランド再構築のもう一つの焦点となっている。

パーパス」による新たな求心力と社会起点のブランド価値共創へ

こうした文脈の中で、企業のパーパス(社会における存在目的)を明確にして新たな求心力を生み、価値創造を実現していく「パーパス・ブランディング」への取り組みが進んでいる。これは単にミッションなどの言葉の言い換えではない。企業と個人の関係が大きく変わる時代において、企業主語・企業内部にとどまらない社会視点の価値を提案し、(従業員も含む)個人や外部コミュニティと企業の価値共創へのシフトを意味するものである。

しかし、パーパスの設定や実践に課題を抱えている企業が多いのも現実である。伝統的企業においては「継続すること」「成長すること」自体が目的である場合も多く、規模を重視して多角化を図ってきた大企業においては、パーパスも抽象的で最大公約数的になりがちである。それでは従業員や顧客の強い共鳴と求心力を生み出すことが難しいからである。

パーパス自体の“コングロマリット・ディスカウント”(複合企業の企業価値が、単体の価値の合計より低くなる状態)が起こりやすいため、本質的にはパーパスとコア能力に基づき、新たな価値創造のために事業・ブランド自体を再編していくことが求められる。

日本の大手企業で、パーパスによる求心力を発揮している企業のひとつがソニーである。同社は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスを旗印に、2020年頃からグループ構造を変革し、戦略的に事業ポートフォリオの組み替えを行うことに成功している7

従来の家電主体のモノづくりから、コンテンツ・サービス事業などを中核にエンタテイメントテクノロジーという一貫した軸で事業ドメインとビジネスモデルを変革させ、ユーザーやクリエイターコミュニティとの共創を強みとしながら、価値創造と成長飛躍を遂げている。実際に、ソニーグループでは従業員の8割がこのパーパスに肯定的評価をしており、組織内に着実に浸透しているそうである8

あるいは味の素グループも、うま味の発見からおいしく食べて健康をつくるという、創業以来の価値創造ストーリーを現代の社会的存在意義として再設定し、「アミノサイエンス®により人・社会・地域のWell-beingに貢献する」というパーパスを定めている。同社はASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)という経済価値と社会価値の2つをともにつくる取り組みを企業経営の中核に据えて事業と社会活動を展開している。これらは独自の統合報告書であるASVレポートにまとめられ、パーパス経営実践による成長進化を強い説得力で示している9

企業ブランド進化と広報戦略に求められるもの

広報戦略でも、こうした経営課題変化を受けた企業ブランドのコミュニケーション戦略を再構築していくことが求められている。第一のポイントは、人的資本向上に向けたインナー(内部)マーケティングの重要性である。社会の目線で企業の存在意義を捉え直し、パーパスに基づく企業活動の公正性や透明性を高め、新しい価値観を共有しながら、旧来型の組織カルチャーやコミュニケーションのあり方を大きく変化させていくことが求められているからである。

日本を代表する企業で昨今不祥事が相次ぎニュースとなっているが、ここにも上位下達で同質的な組織の価値観によって、問題点があっても社員がモノを言えない、心理的安全性の欠如が現れていると言えるだろう。こうした個人の顔の見えない組織風土は、広報コミュニケーションの硬直性などにも現れてくるものである。

心理的安全性を確保し、多様性を持った個人のアイデアを組織の力として活用し、モチベーションや働きがいを高める組織経営の志向が高まっている。企業ブランド価値の評価においても、対外的な企業イメージや好意度といった指標に留まらず、社員エンゲージメントなどがより重視されるようになっている。

例えば2023年に創業150周年を迎えたみずほフィナンシャルグループは、社員が主役となって「ともに挑む。ともに実る」というパーパスを策定するとともに、日本企業では珍しいCCuO(チーフ・カルチャー・オフィサー)を設定した。経営と社員の「Live Session」の開催など社員の声が直接経営に届く仕組み、社員交流やアルムナイ(退職者)コミュニティの形成、女性リーダー育成のメンタリングプログラムなど、課題となっている企業風土改革に本気で取り組み始めている。そこでは社員調査による定量指標として「エンゲージメントスコア」と「インクルージョンスコア」を測定し、目標設定を行っている10

もう一つ、パーパス・ブランディングの重要なポイントは、社会ビジョンの提示による将来価値の可視化である。企業の資金調達方法が借入等(デッド)から株主資本(エクイティ)に一層シフトする中、資本市場からもより成長期待が求められるようになっている。

スタートアップから大企業まで、自社がどのような社会課題を解決する価値提案で成長するのか、大きなビジョン発信とリーダーシップの発揮が求められており、戦略的な広報によるパーパスコミュニケーションが、ステークホルダーの支持と資金・人材調達、オープンイノベーションなど外部共創を加速する上でも、大きなカギとなっている。

最後に言及しておきたいのは、企業がこうしたパーパス経営を押し進めていく中で、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられるB-Corp認証11に見られるように、ポスト資本主義における「企業(Corporation) 」のあり方自体の模索も進んでいるという点である。

日本でも社会起業家が特殊な存在ではなくなりつつある中、経済価値が最大の目的ではない、社会価値共創のプラットフォームとしての企業の姿は、これからの企業ブランディングの一つの未来を示していると言える。

(本稿は、Newscape代表・小西圭介により、広報会議2024年4月号巻頭特集として書かれた記事を加筆したものです)

  1. 「コーポレートブランド経営」: 個性が生み出す競争優位(伊藤邦雄著:日本経済新聞出版) ↩︎
  2. PRI(責任投資原則):機関投資家の投資に向けた意思決定プロセスや株式の保有方針の決定に、投資先企業の財務状況に加え、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance:企業統治)のESG要素を反映させるための考え方を示す原則。 ↩︎
  3. GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人):日本の厚生年金と国民年金の積立金の管理・運用を行っており、2023年度第2四半期時点の運用資産額は219兆3,177億円に及ぶ。 ↩︎
  4. 米Gallap社のグローバル職場環境調査2023: https://advise.gallup.com/state-of-japanese-workplace-report ↩︎
  5. 経済産業省・人材版伊藤レポート(2020):https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/20200930_report.html ↩︎
  6. 内閣官房 人的資本情報開示方針(2022) https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf ↩︎
  7. ソニーグループのパーパスとバリュー:https://www.sony.com/ja/SonyInfo/CorporateInfo/purpose_and_values/ ↩︎
  8. 日経クロストレンド記事:https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00636/00002/ ↩︎
  9. 味の素グループのASVレポート:https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/ir/library/annual/main/0/teaserItems1/0/linkList/0/link/ASV_Report_2023_J_A4.pdf ↩︎
  10. みずほフィナンシャルグループ 統合報告書:https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/index.html ↩︎
  11. B-Corp認証:社会や公益のための事業を行っている企業に発行される国際的な民間認証制度で、2006年に開始。2023年6月現在、世界90か国以上で7,042の企業がBコープ認証を取得している。 ↩︎

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