パリ2024オリンピックにおけるスポーツ・ブランディングの進化
2024年のパリ五輪は、スポーツだけでなく、ブランドにとってマーケティングの新たな基準を確立する重要なイベントである。コロナ禍で開催された2020東京五輪の無観客試合は歴史的な体験であったが、オリンピックの新しい意義と方向性を示すパリ五輪では、さまざまな取り組みが準備されている。
世界各地で戦争と対立が激化する中での平和の祭典の意義を改めて示し、平和と連帯・多様な価値観の尊重を促すメッセージが強調されるだろう。また、急激な気候変動が人類を脅かす中、変貌を遂げるパリ市発で持続可能な世界へのシフトを加速するための様々な取り組みと象徴的な発信も期待されている。
ここでは、開催直前のパリ2024オリンピックの動向や、ブランドの取り組み事例について詳しく見ていきたい。
持続可能な都市への変貌を示すパリ五輪
パリ2024オリンピックに向けた都市改造は、スポーツイベントの準備を超えて、都市の持続可能性、交通インフラの改善、歴史的建造物の修復など、多岐にわたる取り組みが含まれている。これらのプロジェクトは、オリンピックの成功だけでなく、パリ市の長期的な発展と環境改善にも大きく寄与することが期待されている。
パリ市は、オリンピックを契機に持続可能な都市への転換を図っている。大規模な緑化プロジェクトが進行中であり、市内の公園や緑地の拡充が計画されている。パリ市では4つの新しい「都市の森」を作る計画も進行中で、2026年までにパリ全体で17万本以上の木を植え、2030年までに市の50%を植樹地で覆うことを約束している。都市インフラの改善も行われており、環境負荷を低減し、エネルギー効率の高い建物や再生可能エネルギーの利用が推進されている。
パリオリンピックのサステナブルな取り組みとして、競技施設の95%を既存または仮設の建物でまかない、100%再生可能エネルギー使用、廃棄物ゼロ、ゼロエミッション車の走行などが計画されている。また、パリ協定に沿うため「CO2排出量を2012年開催のロンドンオリンピックと比較して半分にする」という目標を掲げている。
またフランスは、世界でも先駆的な廃棄物対策法を制定し、2020年1月からプラスチック製使い捨て容器・カトラリーを禁止する法律を施行している。2023年1月からは、飲食店での使い捨て容器による食事や飲料の提供も禁止となった。パリ2024オリンピックは、コカコーラなどの飲料スポンサーを含め、使い捨てプラスチック使用を最大限に減らした五輪となる。
欧州で最も緑化の進んだ都市を目指す、パリ市の2030年プランイメージより
またパリ2024に向けて、パリ市は公共交通機関の改善と持続可能な交通手段の導入を進めている。新たな電動バスの導入や自転車道の整備が進められ、交通の利便性と環境への配慮が強化されている。交通政策による炭素削減も進められ、観客の100%が公共交通機関、自転車、徒歩で会場に移動を目指す。パリ市内では電動スクーターやシェアリング自転車の利用が促進され、都市交通の選択肢が増えている。
セーヌ=サン=ドニ県に建設されるオリンピックビレッジは、パリ2024オリンピックの中心的なプロジェクトの一つである。このビレッジは、持続可能なデザインと最新のエコロジカル技術を取り入れた住居や施設から構成される。大会終了後には、ビレッジは住宅や教育施設、商業施設として活用され、地域の活性化に貢献することが期待されている。
Games Wide Open:多様性とインクルージョンの推進
パリ2024を記憶に残るイベントとして確立するために、「Games Wide Open」というスローガンの元、パリでは誰もが参加できるインクルーシブなオリンピックを強調される。このスローガンには、アスリート、ファン、そして開催都市自体の間のつながりの感覚も反映されている。オリンピック史上初めて開会式がスタジアムの外で開催される。セーヌ川を舞台にした壮大なパレードが行われ、約32万6000人の観客が両岸から式を見守る予定だ。
パリ2024の式典のダンスディレクター、振付師であるモード・ル・プラデック氏は「オリンピックの開会式では、セーヌ川周辺の全ての歴史的な建造物を活用する予定です。音楽、ダンス、パフォーマンスでいっぱいにならない川岸や橋はひとつもありません」と述べている。数百人ダンサーやパフォーマーがパリの街中の開会式を彩ることになりそうだ。
2019年4月に火災で大きな被害を受けたノートルダム寺院は、パリ2024大会での完全復興は間に合わなかったものの、一部のフランスメディアでは、セーヌ川で行われるパリオリンピックの開会式にノートルダム大聖堂が一役買う可能性があると伝えていて注目が集まっている。パリを象徴するエッフェル塔には、五輪エンブレムの巨大なリングが掲げられている。
ウーゴ・ガットーニがイラストを手がけた2種類のパリ大会2024公式ポスター
また、パリ2024は、オリンピック史上初めて男女同数のアスリートが参加する大会となる。これはIOCのジェンダー平等に向けた取り組みの一環である。
そしてよりオープンで多様なスポーツの価値観を奨励し、視聴者の高齢化に対応し新世代の観戦・参加者を獲得するため、パリ大会2024では東京大会2020で新規採用されたスケートボード、スポーツクライミング、サーフィンに加え、ブレイキン(ブレイクダンス)が若者に人気の新スポーツとして正式種目として追加される。
AIがオリンピック観戦に革命をもたらす
パリ2024大会はオリンピックが技術革新の最前線に立つという長い伝統を引き継ぎ、重要なイベントになると予想される。衛生放送での世界同時中継やスローモーションリプレイ、ドローン撮影の活用など、過去のオリンピックの主要な進歩はイノベーションの精神を示しており、この精神はパリでも引き継がれ、最先端のテクノロジーがアスリートの卓越性とともにスポットライトを浴びることになるだろう。
IOCは、中国の人工知能の分野でも主要プレーヤーであるAlibabaを、クラウドベースのAIで世界中の視聴者の視聴体験に革命を起こす強力なパートナーとして見つけた。
Alibaba CloudのAI 搭載マルチカメラリプレイシステムの革新的なテクノロジーは、北京冬季オリンピックでの成功を基に、機械学習とディープニューラルネットワークを活用して、戦略的に配置されたカメラから高品質の 3D モデルを作成するものだ。その結果、新しい角度からの仮想フレーム、よりスムーズなリプレイ、そして没入感あふれる体験が実現する。
北京冬季オリンピックでの成功を基に、AI 搭載マルチカメラリプレイシステムはビーチバレー、テニス、柔道、ラグビーを含むパリ 2024の12会場に拡大される。放送局はダイナミックリプレイの豊富なライブラリを利用でき、世界中の視聴者のオリンピック視聴体験が大幅に向上すると見られる。
北京オリンピックで活用されたAlibaba Cloud AI搭載のマルチカメラリプレイシステム
パリ2024におけるスポーツ・ブランディングの事例
●ナイキ – 「Where We’re Going」
ナイキはオリンピックに継続的に多額の投資を行っており、2024年のオリンピックへの支出は過去最大規模になるとの報道もある。この献身的な取り組みにより、視聴者の共感を呼ぶインパクトのあるキャンペーンが生まれている。
今年、ナイキは、アスリートの快適性と個人の表現を重視した、多様なチームユニフォームを発表した。ナイキの「スタイルのスペクトル」アプローチにより、アスリートはユニフォームを着て自信と自信を持てるようになるものだ。
ナイキはさらに一歩進んで、2024年コレクションはこれまでで最も「データ主導で視覚的に統一された取り組み」であると主張している。各キットは、参加国やスポーツの独自のアイデンティティと文化的背景を反映しているという。
陸上競技選手向けに、ナイキは個人の好みや特定の競技に合わせて、約 50 種類のアパレルと 12 種類の競技スタイルという幅広いバリエーションを提供。このレベルのカスタマイズとアスリート中心のデザインは、ナイキがオリンピック精神を深く理解し、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮できるように支援することに重点を置いていることを表している。
またパリ・オリンピックのプレビュー期間中、ナイキはシューズデザインの未来を洞察する最新製品を披露した。 特に注目を集めたのは、人工知能の力で作られたシューズをフィーチャーしたA.I.Rコレクションだ。13人のオリンピック・アスリートのために開発されたナイキの最新コンセプト・ラインは、象徴的なAirテクノロジーを中心に、テクノロジーとパーソナライゼーションを融合させたものだ。 アスリートの好みにインスパイアされたナイキのデザイナーは、ジェネレーティブAIツールと3Dレンダリングソフトウェアを活用して、これらのコンセプトに命を吹き込んだ。
さらにナイキは、IOC難民オリンピックチームの公式ユニフォームサプライヤーとして、難民チームのキャンペーン「Where We’re Going」を発表した。このキャンペーンでは、ボクサーのシンディ・ンガンバ、柔道家のモハマド・ラシュノネシャド、自転車選手のエヤル・ゲブル、800メートル走のペリナ・ロクレ・ナカンが登場し、「あなたは本当はどこから来たの?」という質問に対する詩的な反撃を表現している。
このスポットは、ナイキとオリンピック難民基金(ORF)のコラボレーションの一環であり、特に女性と女児を対象にした包括的なスポーツ環境へのアクセスを提供し、自信とメンタルヘルスの向上を目指している。ナイキと難民チームとのクリエイティブな取り組みは、長い歴史があり、2017年のカンヌライオンズで「Grand Prix for Good」を受賞したキャンペーンもある。
●コカ・コーラ – 「Celebrate Everyday Greatness」
オリンピックの最長パートナーであるコカ・コーラ社は、包括的なグローバル・マーケティング・キャンペーン「Celebrate Everyday Greatness」を開始した。このキャンペーンは、日常の中の非日常性を強調し、パリ2024オリンピックのテーマと連動している。
このキャンペーンには、コカ・コーラ・ポートフォリオの複数のブランドによるアクティベーションが含まれる。 チームUSAのアレックス・モーガン、アリッサ・ネーハー、シモーヌ・バイルス、タチアナ・マクファーデン、チームカナダのアーロン・ブラウン、カデイシャ・ブキャナン、ショーン・マッコールといった有名アスリートが登場する。 これらのアスリートは様々なスポーツ、国籍、能力、性別を代表しており、コカ・コーラの飲料ポートフォリオの多様性を体現しているとブランドは述べている。
このキャンペーンには、消費者が期間限定パッケージのQRコードをスキャンして、日替わり賞品や豪華賞品が当たるチャンスに応募できる魅力的なデジタル体験も含まれている。 NBCユニバーサルおよびCBCとのクロスプラットフォームメディアパートナーシップは、キャンペーンのリーチをさらに拡大する。
●LVMH – 「The Rooftops」
LVMHは「ザ・ルーフトップス」キャンペーンを通じて、フランス各地の屋上でトレーニングするアスリートを紹介するビデオを公開した。このフィルムは、LVMH がスポンサーとなっているアスリートたちを駆り立てるパリの精神を紹介することで、スポーツ競技の枠を超え、水泳選手、フェンシング選手、車いすテニスのチャンピオン、ラグビー選手、体操選手がパリの屋上でトレーニングする様子が紹介され、エッフェル塔や凱旋門などの象徴的な建造物が、勝利をつかむ決意の静かな証人として登場する。「The Rooftops」は多面的なキャンペーンで、大会期間中、イベントスケジュールの看板やソーシャルメディアなど、アスリートと光の都の両方の露出を最大限に高めるものだ。
LVMHの役割は、このキャンペーンだけにとどまらない。プレミアムパートナーとして、同社はオリンピック期間中、「すべての勝利の職人」として重要な祝賀の瞬間に自社の職人の技を活用する。LVMHとパリ2024のこの共同の取り組みは、スポーツと権威ある国際大会に対するLVMHグループの長年にわたる支援を反映しており、世界の舞台でフランスの卓越性を見事な形で披露することが期待されている。
LVHM はさらにアスリートへのスポンサー活動に加え、フランス全土のさまざまな慈善団体と提携し、何千人もの子供たちにユーススポーツの機会を提供する。製品や従来のメッセージを押し付けるのではなく、スポーツや慈善活動への関心に訴えて、顧客と個人的なレベルで接するよう努めています。スポーツと慈善活動への関心に訴えることで、ブランドの人間味を強調し、顧客とのつながりを深めている。
●オメガ – 「Born to be a Legend」
オメガは、パリのランドマークを舞台にした革新的なマーケティングキャンペーンを開始した。このキャンペーンでは、オリンピック走り高跳び金メダリストのジャンマルコ・タンベリが凱旋門を飛び越え、棒高跳びチャンピオンのモンド・デュプランティスがサクレ・クール寺院を飛び越えるなど、パリの名所をスポーツの舞台に変えるシュールなビデオが特徴だ。
また、メジャー大会で優勝したゴルファーのセリーヌ・ブティエは、ノートルダム大聖堂の頂上にある苔に覆われたガーゴイルからティーオフする姿を見せ、スプリンターのエリオン・ナイトンは、この街の有名な石畳の通りのスタートラインに立つ。 オメガは、縮尺を工夫してパリをスポーツの遊び場に変える錯視作品を制作することで、アスリートたちの感動的な実力と開催都市の象徴的な名所の両方を称えることを目指している。
フランスのラッパー、SDMとのパートナーシップにより制作された限定ソングをフィーチャーしたこのキャンペーンは、「Born to be a Legend(伝説になるために生まれてきた)」というトラックにオリジナルの歌詞を書き下ろしパフォーマンスすることで、困難に打ち勝ち、夢を抱いて金メダルを獲得するというテーマを祝福している。
オメガは、1932年以来31回目のオリンピック大会、1992年以来すべてのパラリンピック大会の公式計時を行っている。 2024年パリ大会におけるオメガの計時業務は、結果を計測するためのテクノロジーだけでなく、大会期間中、会場内に設置されるパブリックスコアボードや競技別のスコアボードなど最先端の機器で構成されており、 レースのフィニッシュラインを1秒間に40,000枚の画像で記録できる新型のフォトフィニッシュカメラScan’O’Vision ULTIMATEなどがある。
●サムスン – 「Open always wins(オープンは常に勝つ)」
サムスンは「オープンは常に勝つ」キャンペーンを通じて、オリンピック・パラリンピック競技大会とブランドが共有する「オープン」という価値観を祝っている。これは革新を受け入れ、限界を押し広げるというサムスンのブランド価値を伝えている。アスリートが常に新しい偉業を達成しようと努力するオリンピックの精神を反映し。サムスンはこのメッセージを強化し、画期的な折りたたみスマートフォンのラインナップを強調することで、技術革新の最前線での地位を固める狙いだ。
広告に加え、サムスンは、パリのシャンゼリゼ通りに新たにオープンしたショーケース「Olympic™️ rendezvous @ Samsung | Champs-Elysees 125」では、過去の大会のハイライトや最新の技術を体験できるスペースを提供し、アスリートとファンをつなげている。ショーケースのデザインには、建築家ジャン・ヌーヴェルが携わり、オープン性と調和を象徴する空間を作り上げた。オスマン通り、ガルニエ宮、ラ・デファンスなどパリの人気スポットに、Galaxy Z Flip 5 をフィーチャーしたバナーを戦略的に設置。パラリンピックを含む大会全体を通じて高い視認性が確保される。
●ブリヂストン – 「チームブリヂストン」
ブリヂストンは「チームブリヂストン」を結成し、ブランドアンバサダーとして40人のオリンピック選手を起用している。またパラリンピック選手も 20 名所属している。パラリンピック選手と提携し、タイヤの材料を使用してスポーツ用具を製造するなど、ユニークな方法でブランドをアピールしている。自社のタイヤの材料を使用して、手袋、車椅子のハンドリム、義足のランニングブレード、スパイクプレート、その他のスポーツ用具を製造している。
●Airbnb – 「Host the World(世界をホストする)」
Airbnbは「Host the World」キャンペーンを通じて、オリンピックやパラリンピックに向けてトレーニングするアスリートたちに 2,000 ドルの旅費補助と 500 ドルの住宅クレジットを提供し、休暇を取って新しい場所を探索できるようにしている。また、オリンピック用の宿泊施設を提供し、フランスでのキャンペーンを展開することで、ホストとして登録する人々を増やしている。Airbnb はホストとして登録する説得力のある理由を提示するだけでなく、アプリ内でアスリートに購買力を与えている。アスリートたちは Airbnb のクレジットを数百ドル分持っており、この夏フランスで滞在するホストを必要としているからだ。
●セフォラ – 「ビューティー&スポーツ」
セフォラは、「ビューティー&スポーツ」キャンペーンを展開し、オリンピック聖火リレーのルートに沿った50店舗や主要都市にポップアップストアを設置している。これらの店舗では、ゲームのチケットなどの賞品が提供されている。
セフォラはオリンピックで優勝した選手たちにもメイクアップサービスを提供。表彰台に上がる前にメイクアップアーティストに会うこともできる。これはセフォラが世界最高のアスリートたちも愛用する信頼できるブランドであることを想起させる狙いがある。
セフォラの公式SNS wearsephoraより
●デロイトー「The First Effect」
デロイトは国際オリンピック委員会(IOC)と提携し、オリンピックのマーケティングに独自のアプローチを採る「The First Effect」キャンペーンを開始した。このキャンペーンは、メダルの数だけではなく、オリンピックとパラリンピックでの画期的な成果の永続的な影響に焦点を当てることで、成功の定義を再定義することを目指す。
パリ2024に先立ち、「The First Effect」では、障壁を克服して歴史を築いた5人の感動的なアスリートの物語を紹介する。その1つが、2012年ロンドンオリンピックでボクシング女子初のオリンピックチャンピオンとなり歴史を築いたイギリス人ボクサー、ニコラ・アダムスの物語だ。彼女の勝利はイギリスにおけるボクシング女子の参加の急増を引き起こし、女性と少女のボクシングの認知度と代表性を劇的に変えた。
このキャンペーンでは、オリンピックの陸上競技に出場した初のサウジアラビア人女性サラ・アタールや、オリンピックに出場資格を得た初の四肢切断水泳選手ナタリー・デュトワなど、他の感動的な人物にもスポットライトを当てている。
「ザ・ファースト・エフェクト」はアスリートの話だけにとどまらない。1900年のパリ大会で女性アスリートが初めて登場したことや、1964年の東京オリンピックで史上初の世界生中継が行われたなど、オリンピックにおける他の歴史的な「初」についても掘り下げている。
パリ2024大会の100日前にデビューした「The First Effect」は、デロイトの主要なグローバル市場や、Meta、TikTok、XなどのIOCのデジタルチャネル全体で目立つように表示され、キャンペーンは大会期間中継続される。