全米トップスクールのDEI教育と女性エンパワメントとは? 〜シリコンバレーのDEI施策から、日本の組織文化変革を考える
Contributor: Kana Yamaguchi
ビジネスにおける教養を超えて、もはやライセンスと言っても過言ではないDEI(Diversity, Equity & Inclusion)。昨今では会社への属性意識であるBelongingを追加したDEI&Bという形で語られることも増えた。
日本では企業活動の端で捉えられることも多いが、DEI意識が高い西海岸では、ここを押さえなければ企業や個人への大きな批判を招くリスクを孕んだ、ビジネスシーンにおいても必須の価値観となっている。
アメリカにおいては、人種ギャップの文脈で語られることも多い話題だが、ここでは敢えて日本が大きな課題として抱えているジェンダーギャップを焦点に、私が最近まで学んでいたスタンフォード経営大学院の教育プログラムや、西海岸・ベイエリアにある身近なコミュニティの取り組みをご紹介したい。
DEIを尊重する文化が脈々と流れるStanford Business School(以下GSB)
スタンフォード経営大学院においては、まず授業の科目登録の前に必須科目としてDEI教育チュートリアルをオンラインで終了することが義務化されている。内容は学生生活で起こりそうな具体的なシーンのシミュレーションを見ながら、正しい選択肢を選び、法律など含めその理由を解説するオンライン教育コンテンツだ。これは一度受講するだけでは終わらず、定期的にコンテンツがアップデートされ、リマインドされる。
また、ビジネススクールの多くの授業においても、DEIは切っても切り離せない視点になっている。経営大学院といえば、ケーススタディと合わせて、豪華なゲストスピーカーと直接Q&Aを繰り広げられる機会があることでも知られるが、そのスピーカーが男性(特に白人)に偏っていると教授はほぼ確実に批判を受ける。当然、生徒が全ての授業において教授・講師にフィードバックするアンケートがあり、その結果は口コミも含めて評価サイトにオープンに掲載される。それによって、改善をするという構造が構築されているのだ。
授業の選択肢においても、Women in Leadershipという女性リーダーが直面するあらゆる課題をテーマにリサーチ、自身の振り返り、実際のリーダーを招いたQ&Aを通して学ぶ授業もある(ちなみに開設したのはスタンフォード大におよそ1,500億円以上の最大寄附者を父に持つローラ・アリラガ=アンドリーセン。元MetaのCOO、シェリル・サンドバーグ史もゲストスピーカーとして現れた。)。
参考)動画はショートプログラムのExecutive Program in Women’s Leadershipより
他にも、演劇のノウハウをマイノリティ・特に女性のリーダシップにおける行動に当てはめ、より効果的なコミュニケーション方法を学ぶActing with Power、組織におけるエクイティ達成のためのデザインを学ぶEquity by Designなどがある。
また、Investing for Goodというインパクト投資の授業では、20代から30代前半であろうMBA生が、投資先の判断をするにあたって必ず経営陣を見て、そこに”Diversity Risk”があるかないかという視点が議論される。
GSB卒業前の1週間はラストレクチャーといい、選ばれた人気教授が各々のテーマで最後の講義をしてくれる。そこで印象的だったのが、マーケティングを担当した筋骨隆々の白人男性教授のテーマが、過去授業において黒人女性の生徒が発言を軽視されたと感じたことへの自身へ対する批判を重く受け止めているという話だった。
それは、常に自分にアンコンシャス・バイアスがないか?と常に問う姿勢、またEquality(平等)ではなくEquity(公平)(下図)の視点から学生と接し方を見直さなければ、スタンフォードの教授というポジションも危うくなることを示唆している。
卒業後のコミュニティーWomen’s Circleー
ビジネススクール卒業後も参加できる団体としてWomen’s Circleという組織があり、世界中の卒業生が所属し、年間を通して月一回のミーティングの他、パネルディスカッション、毎年3月のInternational Women’s Dayあたりに大きなイベントが開催され、リーダーシップの開発、キャリアの発展、ネットワーキング、メンターシップ、個人的成長などに影響を与えている。もちろん、スタンフォード大学側もこれを支える形でファンディングを始め、場所・スタッフの提供をする。
キーとなるアクティビティはエリア毎に月1回7-9人程度の卒業生が集まり、事務局が配信するテーマや皆が話したいテーマに沿った話をするサポートサークルだ。ボランティアで2-3人のリーダーが幹事を務め、2-3時間程度話をする。チェックインという現在の気持ちのシェアから始まりメインのトピック、最後はチェックアウトで閉める。取り上げられるテーマは人生の挫折だったり、変化を起こしたいこと、愛に関して、など様々だ。オンライン・対面・ハイブリッドや実施日時の希望に沿って結成される。
この枠組みが機能している背景には、そのサークル内で出る話に対して全員守秘義務を持つことにある。これにより、心理的安全性を担保しながら、個人的な悩み(キャリア、家庭、子育て、引退生活)を共有したり、お互いの知恵を分かち合う場になっている。
私自身2022年から参加し、2023年は共同リーダーを努めた。ピアサポートのみならずメンターシップの機会としてもこの枠組みは日本の社内外でもぜひ実践したら良いのではないかと思っている。
ちなみに、このサークル活動のパネルディスカッションにおいて出会ったアフリカ出身の卒業生が、「おそらくあなたたちの目の前に敷かれたルールは、あなたたちのために作られたものではない。未踏の地を歩く私たちは、自ら新しいルールを作る必要がある。よって、”ルールを壊す”のではなく、後をいく人類のために創るということ。だからこそ、”Make sure, you always choose NEW (常に新しい道を選ぶことを忘れないで)”」という言葉が印象深かった。
Women’s CircleのイベントにてGSBクラスメイトと筆者
スタンフォード経営大学院自体のモットーが“Change lives, change organizations, change the world(人生を変え、組織を変え、世界を変えよう)” と唄われているが、d.schoolにおいても徹底的に教育されるのは、既存概念の破壊だ。“Designers in Society”というクラスは、デザイン・シンキングをプロダクトではなく、自分自身に当てはめよというテーマのクラス。その最後には、教授から”Reasons are BullXX”というステッカーが一人一人に配られた。つまりは、何をするにも”でも、○○○だからできない”という辞める理由を探す自分の心を変えよう、というメッセージだ。起業家・エンジェル投資家の多くの人から多く聞く言葉でもあった。
ベイエリアの日本人女性をエンパワーする団体JWIBA (Japanese Women’s Initiative in the Bay Area)
では、日本人女性に絞るとベイエリアでは、どんな活動があるのか?
スタンフォード大学のUS-ATMC(US-Asia Technology Management Centor)も支援しているベイエリアに滞在する日本人女性を中心として数ヶ月に一度ワークショップなどを提供するJWIBA(ジェウィーバ/Japanese Women’s Initiative in the Bay Area)という団体がある。
こちらでは2023年夏に初のサミットを開催し、ベイエリアの帯同女性、また駐在女性を対象とした調査などを発表した。そちらで引用されているリサーチによると、パートナーに帯同している 86.1%の女性は以前にフルタイム勤務をしており、駐在をきっかけにその後のキャリアについて悩んでいる人が多く実在した。令和の駐在妻像は昭和・平成のその像と全くかけ離れている。そのため、駐在を機に元の会社がリモートなどのフレキシビリティを持たない場合は退職・休職を選ばざるをえず、その後のキャリアについて焦燥感を感じているという声も少なくない。
海外での就労というとビザが大きな問題になるが、実は多くの帯同者が保持するE/L Spouse Visaでは労働許可申請が不要になり、働けるケースが多い。ただ、パートナーの派遣元企業において未就学児のチャイルドケア費用まで捻出する制度が少なく、その費用が平均$2,000(日本円で約30万)/月、高いと$3,000を超える(約44万)と言われるこのエリアでは、帯同したパートナーが小さな子供を保育する現状がある。
また、小さな子供がいない、もしくは預ける選択をしても言葉の壁が立ちはだかる。もしも所属していた企業がリモートワークを許容してくれたら、時差を乗り越えてでもそのキャリアを続けたかったという声も散見された。
一方、その壁を乗り越えて働いているケースもある。大手メーカーに勤める夫のベイエリア駐在が決まった国立研究機関の研究員のA子さんは、当初自身が転職したてのこともあり、4歳の子供と日本に残り、家族別々の暮らしを始めた。しかし、しばらくすると一人で育児と仕事をすることに負担を感じるとともに、家族がバラバラに過ごすことに強い不自然さを感じるようになった。
駐在する夫の健康状態にも悪い影響が出始めたことをきっかけに、「どうしたら家族で一緒に暮らしながら仕事を続けることができるのか?」を考え、A子さんは夫に帯同しながらリモートで働く方法がないかを上長に訴えたところ、長期出張扱いでリモートワークが実現した。現在、リモート勤務は2年目を迎え、シリコンバレーという地の利を生かして自動運転や最新IT技術などの研究を推進し、活躍している。
本人にとって最もよかったことはキャリアを中断することなく、大事な家族にとって健康・教育上良い環境をつくれていることで、組織からすると、住宅・渡航費・保険など様々な駐在コストなしで研究員を海外に一人おけるというメリットも産まれている。
また、最近では女性の駐在に伴い、パートナーの夫が仕事を退職・休職して帯同することも少なくない。ベイエリアにおいて、JWIBAの活動を記事化してくれた大手新聞社の記者B子さんは、2歳の息子を連れての初駐在。夫は妻の駐在を転機に退職をし、フルタイムで子供を見ながら主夫を務める。仕事柄、出張・会食も多い中、夫婦でよく話し合いをしながら両立を図っている。
JWIBAのサマーサミット2023より (撮影:高梨良子)
日本人の総合職女性約60人のキャリアにインタビュー
私自身、GSB在学中に日本企業が持つ文化と女性が働きやすい環境づくりに興味をもち、日本人の総合職女性約60人のキャリアにインタビューをしたことがある。
同大学院に留学していた元三菱商事の女性と、ミレニアル世代総合職女性にキャリア観や労働環境改善のニーズ・ウォンツを聞き取り、「ミレニアル世代が考える日本企業文化の再設計」という題のレポートを作成。
「両利きの経営」で有名なチャールズ・オライリー教授にご指導頂いた。対象は日系・外資にフルタイム勤務するキャリア日本人女性で、日本及び海外(フランス・アフリカ・ベイエリア・中国)在住の女性。そこで見えてきたのは、「働き方のフレキシビリティ」を求める声にもならない叫びだった。
それは、多様なキャリアパスであったり、ライフステージによって就業時間、働く場所に関して柔軟に対応する企業のルールを求める声だ。また、行政のサポートとして病児の子供を安心して預けられる安価で広範囲な家事・育児サービスが欲しいという声も強かった。
最も驚いたのは、企業の働き方改革の一環で「夜10時以降残業禁止」と言うルールが、子を2人もつ母である社員は苦しく感じ、退社したと言う話だった。同じ部署の同期の男性が全員マネジメント職に昇進する中、同じようにプロジェクトを頑張っているはずの自分だけが置いて行かれていると感じるストレスも重なった。
“働き方のフレキシビリティ”の重要性
私も母になってようやく実感が湧くようになったが、特に小さい子供を持つ家庭、母がワンオペ育児において、5時半(預け場所により7時半など遅い所も)に子供を保育園にお迎えに行き、子供の相手をしながら夕飯の準備、お風呂に入れて歯磨きをし、9時頃に就寝させるまで怒涛の時間が過ぎる。その時間帯にパソコンなど開いてゆっくり仕事しようものなら、パートナーから冷たい目で見られるに違いない。
よって、彼女が5時半定時前に終わらなかった仕事にようやく再度着手できるのは子供が就寝した後になることが多かった。それは9時までにスタートできれば良いが、子供の寝る時間は日によって変わることもあるので、10時以降になることも多々ある。残っている業務が多ければ尚更時間が必要になる。早朝起きれば良い、と言う声もあるだろうが、それは子供を同時に起こしてしまうリスクを伴うのだ。
そんな子持ち家庭のリアルな生活は、正直私は子供を産むまで全く想像できていなかった。そして職場では妻と言う母艦に支えられながら仕事する男性たちと並んで仕事をしていることが多く、気が付く機会もない。
残業自体はそもそも発生しないことが最も理想的ではあるが、働く時間に対するフレキシビリティを持たせることは確実に従業員の健康とモチベーションの維持、さらにリテンションに貢献するのではと思えてならない。
また、女性と一口に言っても、そのニーズは真に多種多様である。当然ベースとなる仕事への価値観や、ライフステージによって変わる価値観もある。そして、そのパートナーにおいても多様なニーズがあるのも然りである。行ったり来たり、登ったり降りたりできることが最も求められる働き方のフレキシビリティなのだと思う。
この「働き方のフレキシビリティ」は女性に限らず、そのパートナーや組織にも働きやすさと心理的安全性を提供し、ひいては人材流出・少子化などの課題解決の糸口になるのではないだろうか。
最後に
アメリカでも昨今はDEI関連の予算やポジションがカットされるなどの動きやそれに対する批判もあり、一進一退であるためその施策が全て是だとは言えないが、それでもDEIの分野に関しては、ベイエリアでの活動はそれに取り組む日本企業への示唆になるのではと考える。
日本では急速に働く女性が増える一方で、特に大きな組織における文化・制度の変化のスピードは遅い。それによって起きる働き方の歪みは女性のみの課題ではなく、企業と全ての個人の関係性に関する課題で、少子化・高齢化・(労働人口流出と)地方衰退などの課題を持つ日本社会において特に重要な視点ではないかと思う。
企業が多くの人がより働きやすく、能力を発揮しやすい環境を作るスピードアップを図る上で、他国の施策に目を向けて、テストすることをおすすめしたい。たとえば、DEI研修の必修化、意思決定層への評価軸へDEI項目追加、社内外のシスター制度の設置、Work Shift、Life Shiftに続くLocation Shiftの提供など、取り組める内容は様々だ。
“Make sure, we always choose NEW (常に新しい道を選ぶことを忘れないで)” を胸に、既存のルールに従うだけではなく、本来私たちにとって息がしやすい社会とは何なのか?を考えながら、新しいルールを創造できる日本社会であってほしい。