Luxury Newscape:日本発ラグジュアリーはいかに実現しうるか
欧米文化としてのラグジュアリーブランド・ビジネスの現状
パンデミックにおける経済格差拡大の中で、ダメージを受けるどころか飛躍的な成長を見せた世界のラグジュアリービジネス。2022年に世界で3530億ユーロ(約53兆円)の規模*になりさらに成長を続けるラグジュアリー市場は、2023年に入ってアメリカの景気減速などでグローバルではやや停滞を見せるものの、日本ではLVMHが23年第三四半期に前年比31%増と、円安効果で海外旅行者の購買意欲が大きく高まり、空前の市場成長を遂げることとなった。
出典:Bain & Company Luxury Report 2022
その中でラグジュアリーブランドの地域構成は、欧米企業がほとんどを占め、デロイトトーマツの推計では仏・米・瑞・伊・英の上位5カ国で実に世界の70%の売上を占めている。ラグジュアリーとはまさに欧米文化のビジネスであり、LVMH会長のベルナール・アルノーが、フォーブス誌の2023年版の世界長者番付でイーロンマスクを抜いて1位になるなど、産業としての隆盛を極めている。
特に90年代から加速したM&AによるLVMH、ケリング、リシュモンの3大グループのコングロマリット化とグローバル化、“米国的マーケティング”による市場拡大と効率化によって、ラグジュアリーは世界的な巨大産業としての急成長を遂げることになった。
出典:デロイトトーマツ「世界のラグジュアリー企業ランキング2021」
ラグジュアリー研究家の中野香織氏は次のように述べる。「90年代、2000年代にとりわけ顕著だったラグジュアリーブランドビジネスの戦略には、次のような特徴がある。大量資本投下による大胆なPR。世界のどこでも同じものが同じ基準で買えるグローバル化、規格化。社会的影響を生むクリエイティブディレクターの起用。早いサイクルでの大量生産・大量廃棄。セカンドライン、ディフュージョン(普及)ラインの創設によるラグジュアリーの大衆化。21世紀の初頭、徹底的にブランディングされた店舗と商品が、世界の都市部をどこも同じように埋め尽くす状況が生まれた。〜ラグジュアリーの大衆化、陳腐化が目立つようになり、もはやラグジュアリーブランドは、語の本来の意味でのラグジュアリーとは呼べなくなったのが2010年前後であった。*」
ラグジュアリーの価値の転換
近年、このように規模の拡大で”コモディティ化”しつつあったラグジュアリー戦略の見直しが進みつつあり、「アート・文化・歴史」といった模倣困難な希少性・固有性を中核的価値として甦らせ、人間的価値を高める文化戦略としての今日的なラグジュアリーが大きな傾向となっている。
ジャン=ノエル・カプフェレが「ラグジュアリー戦略」で語るように、 “アーティフィケーション”(ラグジュアリーのアート化)はこの20年以上の最も大きなトレンドである。ラグジュアリーブランドが盛んに展覧会を実施したり美術館そのものを建設したり、アーティストを支援したりコラボしたりするのも、ラグジュアリーブランドが大量生産される工業製品のイメージから脱却し、唯一無二の希少価値を持つ存在となるためだ。
出典:J.N.カプフェレ「ラグジュアリー戦略」( 東洋経済新報社)ラグジュアリーブランドのアート化 (Artification)は、近年最大のトレンドとなっている。
こうした価値変化はもちろん、消費者の認識変化の影響が大きい。もはや高級なブランドを身につけることでステイタスや自己表現を誇示するオールド・ラグジュアリーの時代は終わり、Z世代などでは商品につけられたブランドロゴが目立つのは恥ずかしいものとして捉えられるようになった。
消費者の成熟とともにラグジュアリーブランドが象徴してきた階級やクラスといった他人による外部評価から、自分にとっての心地よさや内面的充足がより重視されるようになったからだ。また、SNS普及による情報波及や経済格差の拡大が社会問題になる中で、富裕層が資産を誇示することの社会的リスクも大きくなってきた。
市場にモノが飽和する中で、モノの所有・消費より自分にとって意味ある体験への投資を重視する傾向も強まりつつある。実際にラグジュアリー市場の主要カテゴリも、アパレルからライフスタイル、トラベルやフードなどに多様化していることもある(もちろんこうしたトレンドは先進国を中心にに見られる傾向で、市場のグローバル化が進み、新興市場などでは依然ブランドロゴやステイタスが大きな幅を利かせていることも事実である)。
今日のラグジュアリー戦略の見直しには、ビジネスモデルそのものの変化も含まれる。ファッション産業の大量生産・消費による衣料廃棄の問題が気候変動危機とともに注目されるようになり、またグローバルな調達と製造に伴う利益搾取、工場労働者の人権、文化盗用などさまざまな社会問題が活動家の指摘などで顕在化するようになった。
2019年にグッチ会長のアルベール・ピノーの呼びかけでラグジュアリー企業が連帯し、気候変動、生物多様性、海洋保護問題に対応する「ファッション協定」を立ち上げた事実に象徴されるように、ラグジュアリーブランドは憧れや贅沢消費の対象から、エシカルで多様な、包摂的な文化を形成し、新たな社会変化をリードする存在へと自らをリポジショニングしようとしている。
しかしグローバルな製造プロセスにおいて莫大な利益を搾取し、経済格差が拡大することによってビジナスが成長するラグジュアリーブランドビジネスにとって、こうした倫理的な姿勢の打ち出しや「新しいラグジュアリー」の提案は、単なる業界の自己保身に過ぎないのではないか?という本質的な疑問は拭えないだろう。
日本発ラグジュアリーはなぜ実現しないのか?
いっぽう、こうしたラグジュアリーブランドのビジネス変化は、文化資本主義としての欧米中心のラグジュアリー産業の地域的・文化的多様化を実現する大きな機会でもある。
例えばLVMHのアルノー会長は2023年5月に来日した際、日本の生地、服地を使用する際、具体的な産地名を記載すること、高品質な生地を提供する日本企業との連携を発展させ、中小企業や職人の成功に貢献することや、日本の若手アーティストや工芸家との協業を推進することを推奨した。
長年日本の衣料素材・加工産業はトップクラスの技術と高品質を誇りながら、ラグジュアリーブランドの下請けとして守秘義務契約などで自らのブランド化に(最終製品に表示されないなど)制約が課せられていたが、プロセスの透明化によって川上産業の価値の可視化と収益性拡大のチャンスが拡がるわけだ。インバウンド市場の回復・拡大も日本企業にとってブランド認知・注目の機会を生み出している。
しかし、ラグジュアリーブランドとして存在を確立するには、受動的な対応だけでは不充分だ。より文化的なアイデンティティとしての思想・価値観を打ち出し、世界市場でチャネルを確立し積極的なブランド構築を図っていくことが必要となる。もちろん資本集約型産業になっている世界のラグジュアリー市場における、中小企業中心の日本企業のブランド投資の問題も大きい。日本発のラグジュアリーブランドが数少ないのは、特にこうした課題が大きいと考える。
そもそも「ラグジュアリー」を高級品・贅沢品と捉えてきた価値観の誤解、文化的価値(アイデンティティや美意識・余剰性)より文明的価値(機能性や品質・効率性)への投資を重視してきた、工業製品的な大量生産のモノづくり思想のギャップも存在している。
ラグジュアリーの定義の多様性や地域差についてはここでは割愛するが(中野氏の記事を参照*)、求道的な謙虚さを美徳とする日本的な職人気質の性格や、「いいものをより安く」というかつての日本メーカー的発想なども指摘できるだろう。
羽田空港では日本発の地方創生型ラグジュアリー発信・ショップ拠点「ジャパン マスタリー コレクション」を2023年11月に開設したが、そこでは4つの感性基準を設定している。1) 地方創生につながる、2)日本の伝統・文化のストーリー/背景がある、3)モデレートアッパー(中価格帯後半)からプレステージ(高価格帯)、4)現代の感性やライフスタイルとの融合、というものだ。今後はさらに、ジャパン・ラグジュアリーという括りを超えて、職人性を超えた個々のブランドのアイデンティティを強化していくことが必要だろう。
しかし今は大きなチャンスだ。消費者の価値観多様化とラグジュアリーブランドのビジネス変化、伝統産業の世代交代や新世代の起業家の取り組みによって、日本発の新たなラグジュアリーは今後大きな成長を遂げていくことを確信している。そこでは、以下の要素が市場展開の鍵となりうる。
- サステナブルで自然と調和した本物の価値観、歴史・文化的蓄積とアート・コンテンツ
- 特にフード(食)や旅などのラグジュアリー市場カテゴリ成長と日本の強み
- アジア市場の中核化と独自の文化的アイデンティティの強化
- ラグジュアリーのオンラインチャネル拡大とターゲット市場アクセスの強化
これらについては日本発のラグジュアリーブランド戦略として、今後より詳しく論じていきたい。