「人的資本」を巡る問い
最近話題の「人的資本経営」は、2020年に発表された経産省の人材版・伊藤レポートに始まる官製ブームの側面が強いのだが、今年度からISO30414準拠の人的資本情報開示が義務付けられるなど、ワークライフバランス、リスキリングや給与向上の動きと相まって、ビジネスの世界を賑わせている。
そもそも「人的資本」の概念の歴史的な形成過程(産業革命期)については、楠木建教授が、経済学者のオデッド・ガローの「格差の起源」を言及しながら、非常にわかりやすく解説している。
〜産業革命が最初に起きたイギリスでは、1833年に一般工場法で児童労働の制限が定められます。これを支持したのは、意外なことに労働者よりも資本家でした。なぜか。そのほうが工場経営者にとって得だからです。子どもにさせていた単純な作業が、産業革命で機械に代替された。ならば、いきなり子どもを働かせるよりも、基礎的な教育を与えた上で将来熟練工として働いてもらったほうが、より大きな価値を生み出せる。こうして「人的資本」の考え方が成立します。〜
〜こうなると、子どもの数が減ります。子どもを労働力として見ていた頃は、頭数が多ければ多いほどよかった。ところが子どもを資本として見ると、一人ひとりが投資の対象になるので、多すぎると投資が分散してしまいます。
19世紀の後半には、先進国の人口増加率や出生率が急減します。人的資本という概念の萌芽が見られ、読み書きや基本的な計算に始まり、さまざまな生産設備を使いこなす技能の教育が施されるようになりました。さらに、健康にも投資をするという考え方が生まれます。長く働いたほうが投資回収期間が長くなるからです。人を資本として見ると、そのほうが合理的です。〜
「人的資本」と少子高齢化がつながる点がポイントだが、子供が労働力であった時代から、投資すべき対象に変化してきた歴史的経緯は興味深い。
さて、今日の企業目線で語られる「人的資本」の価値向上は、伊藤レポートが示すように中心的な課題は多くの場合、企業のイノベーションや生産性向上が主な目的であるが、そのためにパーパス経営による従業員エンゲージメント強化、多様性(D&I)とリスキリング、ジョブクラフティングなどの人材戦略が、現代的な課題になっているわけである。
企業の社会的役割には、利益を上げるだけでなく「人を育てる」ということがある。そして理想的な「人的資本」に対する投資は、人を育てることでより大きな価値を生み出す人材を増やし、成長(市場価値)と従業員エンゲージメント向上の好循環を生み出すことにある。
つまり成果を出したから給与を上げるのではなく、先に人に投資をして能力と機会と環境をつくる事で、リターンを増やすのが経営の仕事というわけだ。
しかし今日の「人的資本の市場価値を高める」という観点からは、長期雇用を通じた人材育成はその企業にとって最適化されたものにならざるを得ず、肩書きを追い求めても個人のキャリア形成には必ず限界が訪ることが避けられない(肩書を上がりきった人、長期で専門性を極める研究職やクリエイターなどは別として)。
経営者は(労組や社会の反発を避けて)明確に言わないが、ジョブ型採用も含め、終身雇用の終わりと人材の流動化促進(中途採用増など、育てるより獲得する)が、グローバル経営時代の「人的資本」戦略の暗黙の前提となっているのは自明で、これは人材マッチングと成長産業シフトで、社会全体の人的資本の価値を高めることにもつながっていく。
つまり人的資本形成はより個人の責任に委ねられている。最近の新卒入社の社員の半数近くが、最初から転職することを想定して会社を選んでいる事実も、今や生涯一つの企業に依存していると自らの「人的資本」を最大化できないことを冷静に認識しているからだろう。
いっぽう社会全体が働き方の多様化と長期化、自律的なキャリア形成へ移行する中で、個人視点で「人的資本」を考える際には、もっと自由や幸福・生きがい(ウェルビーイング)といった、個人的・主観的な目的を実現するキャリア戦略の方がはるかに重要なはず。
例えば、橘玲は「シンプルで合理的な人生設計」の中で「自由で幸福な人生を実現する」ために、いかに個人が金融資本、人的資本、関係資本という3つの幸福の資本を戦略的に形成していくかを語っている。(この3つの順に意思決定の合理性が低下する、というのも面白い指摘だ)
これから個人が人的資本をつくる上で推奨されているのは、以下のようなアプローチである。
①ゼネラリストではなく、キャリアを強み領域に一極集中してプロになること
②自分がナンバーワン・オンリーワンになれる“ニッチ”を見つけること
③環境変化を活かして戦略的にポジションを変化・進化させていくこと
〜高度化した知識社会では、人的資本(高い専門性)をもたない者は、会社(労働市場)のなかで〝居場所〟を失い、うつ病など精神疾患のリスクが高くなる。人的資本を一極集中するエッセンシャル思考を勧める第一の理由は、金銭的な報酬が増えるからではなく、こころの健康維持なのだ。〜
〜高度化した知識社会では、クリエイティブクラスとバックオフィスの分業がますます進んでいく。クリエイティブクラスは、人的資本を一極集中することで、それぞれの分野の最先端の知識や技術にキャッチアップできる。会社に所属して大半の時間を雑用に費やしているのでは、能力や適性以前に、投入すべき時間資源が圧倒的に足りない。〜私が一貫してフリーエージェント戦略を勧めるのは、それが人的資本を一極集中するもっとも効果的な方法だからだ。IT系のベンチャー企業ならともかく、日本企業で「専門性を高めたいので雑用はやりません。会議にも出ません」などというわがままは許されないだろう。 〜
実際のところ、長期雇用になるほど、企業にこれら3つの資本(収入、キャリア、仲間という)づくりの主導権を奪われてしまう側面があることは事実である。もし定年で会社を辞めた途端に金融資本、人的資本、関係資本の大半を失ってしまうようであれば、選択肢を奪われたハイリスクなキャリア形成ではないだろうか。
むしろこれからの個人のキャリア戦略では、一つの組織に依存せず、3つの資本を独自に築いていく生き方や働き方が、よりリスクを柔軟にコントロールする戦略ともなりえるというわけだ。
最近の有力大学の卒業生の希望就職先で外資コンサル人気が高いのも(今やコモディティ化したコンサル業界選択が必ずしも賢明だとは思わないが)、転職を前提に年収が高く(金融資本の獲得)や市場価値の高い専門性を早く築ける(人的資本の形成)という理由が大きいからだろう。
逆に「複業解禁」や「多様な雇用・就労形態」「社外のコミュニティ形成機会」などによる、個人にとっての金融資本、人的資本、関係資本形成の自由化は、これからの企業が魅力ある雇用主であり続けられるために、不可欠になっていくとも言える。
個人的にも、ある時期からキャリアの軸を見つけて徹底追求すること、属性や世代の異なる多様な社外コミュニティを広げることは、会社を独立してからこうした資本を喪失せず、より大きな価値につながっていることを感じる。
人的資本を高める戦略の一般化は難しいが、まず際立った(ピンの立つ)専門性を獲得するとともに、軸の異なる領域を経験しながら、専門性の掛け算・専門領域のニッチの拡張で自分だけの肩書・ポジションを創り上げていくことが、これからの自律的なキャリア形成に効果的だと考えるが、皆様はどうお考えだろうか。