
レガシーCPGがソーシャルファーストの“正解”をつかむには
ソーシャルメディアはもはや新奇なチャネルではない。2020年、スケボーで滑りながらフリートウッド・マックの「Dreams」を聴きつつオーシャンスプレーを飲むTikTok動画がパンデミックの霧の中で爆発的に拡散し、同ブランドのTVキャンペーンや売上、さらには楽曲のチャート返り咲きまで引き起こした。それから5年、メディアの“TikTok化”は主流となり、CPG(消費財)各社は本格的にソーシャルファーストへ舵を切っている。
ユニリーバは広告費の50%をソーシャルに振り向け、インフルエンサー施策を20倍に拡大すると宣言した。狙いはZ世代の取り込みと、実質的にマスリーチの柱だったリニアTVの衰退を見据えた再配分である。CEOのフェルナンド・フェルナンデス氏は「インドの1万9,000の郵便番号、ブラジルの5,764の自治体、それぞれにインフルエンサーを置きたい」と述べ、現地密着の規模感を示した。同社は2024年、マーケ投資を約10億ドル増額し、過去10年以上で最大水準としている。
この動きは単なる支出の移管ではない。ブランドは専属エージェンシーの任命や社内ユニット新設を進め、ソーシャル/インフルエンサーに精通したパートナー体制へ移行している。一方で、長年「清潔」「安全」といった厳格な価値観を磨いてきたレガシーCPGが、ソーシャルネイティブな挑戦者ブランドの文法にどこまで合わせられるのか――“コントロールをどこまで手放せるか”という実存的な課題にも直面している。
社会的背景と花開く短尺動画
WARCの推計では、2024年の米国ソーシャル広告費は約794億ドルと、2020年比で90%超の伸長である。短尺動画とアルゴリズム推薦の組み合わせは、インフルエンサーの台頭を加速し、彼らはZ世代の最重要テイストメイカーとして、しばしば自らブランド起業家になっている。
資金力のある大手は“買って学ぶ”戦略も取る。ペプシコはプレバイオティックソーダのPoppiを約20億ドルで、ユニリーバはD2Cの石鹸ブランドDr. Squatchを推定15億ドルで買収。ユニリーバはDr. Squatchの「バイラルなソーシャル戦略、インフルエンサー/セレブ連携、文化的コラボ」の価値を明言した。
ソーシャルファーストはお金だけでは動かない
ソーシャルに強いのは、予算ではなく作法と速度だ。ユニリーバはホームケア領域のPersilなどで、GoogleやAdobeの生成AIを取り入れ「リニアTVファーストの制作から、ソーシャルファーストのストーリーテリングへ」の転換を図る。IPGスタジオと開発したSketch Proは、ソーシャル向けコンテンツの高速パイプライン化を意図する。YouTubeが世界No.1の“テレビ視聴”プラットフォーム(シェア12.5%)という現実の中で、生成AIが制作コストを実質的にゼロに近づける未来を見据えるのは必然である。
ペプシコは米国飲料部門のインハウス組織をVaynerMediaに近接させ、プラットフォーム横断で“文化に流暢”であり続ける体制を構築した。米国炭酸市場でペプシのシェアが下がり、スプライトが3位に上がるなか(Beverage Digest Data)、常時接続のソーシャル発想を補強する狙いである。なお、大型の“ブランドモーメント”は既存の代理店が引き続き担うハイブリッド設計だ。
ただし、レガシーCPGにとって承認プロセスの重さは依然としてボトルネックである。ソーシャルのトレンドは一夜で動くのに対し、社内決裁は“氷河期の速度”になりがちだ。プログラマティックなクリエイターアド活用ですら、多数の交渉が必要となり、歴史的に有料メディア部門が避けてきた領域である。
作品づくりの“弾力性”とブランドガードレール
成功には、単に財布を開くだけでなく“弾力性(resilience)”が要る。E.l.f. Cosmeticsの実践に見られるように、既成概念を外し、アルゴリズムに適う表現へ柔軟に合わせる姿勢が欠かせない。対照的に「製品特性・信頼・価値」を重んじるCPG本流の資産は、必ずしもバイラルの種にならない。
もっとも、レガシー資産は“広い砂場”でまだ使える。ジョージア・パシフィックはペーパータオルの「Brawny Man」を復活させ、TikTokの“Get ready with me”や“goblin mode”の文脈に乗せ、70年代の遺産をスマホ時代に調理し直した。VaynerMediaはMiraLAXで“試合前の腸の問題”に踏み込み、March Madnessの文脈でユーモアの限界を攻めた。CloroxでもPine-SolとBritaで“箱”の定義を分け、ブランドごとに自由度を最適化している。
Old Spiceは不条理ユーモアで“脳の腐敗コンテンツ”以前からソーシャル文法を体得し、Doveは「Real Beauty」をそのままクリエイター主導に接続して、プラットフォームの偏見と対峙する戦略に落とし込んだ。これはフェルナンデス氏の「ソーシャルファースト公約」が、実行レベルまで降りた好例である。
測定・安全性・規制という“動く足場”
ソーシャル領域は、リニアTVの“規格化された通貨”が通用した世界とは異なる。不透明なウォールドガーデン、標準化が進まない計測指標、コミュニティノート型のモデレーションという“動く足場”が前提だ。プラットフォーム側のアルゴリズムや収益化仕様も頻繁に変わる。さらに、TikTokは米国での禁止リスクがくすぶり続ける(足元では後退しているが)。
だからこそ、古典的訓練を受けたCMOやCFOが、より多くの投資をソーシャルへ振るのは依然リスキーに映る。これはクリエイティブとメディアの考え方を根底から入れ替える作業である。
いま踏み出すべき理由
ユニリーバのような“雄”が半分をソーシャルに賭けるなら、目立つためのコストも競争もさらに激化する。レガシーCPGにとって最大のリスクは「様子見」である。測定やブランドセーフティのツールは重要だが、より深い真実は“行動すること”にある。
- 支出の再配分:広告費の大胆なシフトは出発点に過ぎない。
- 制作の再設計:生成AIを含む制作パイプラインの刷新で“速度”を獲得する。
- 組織の再編:承認フロー短縮、クリエイター共創、エージェンシーの役割最適化。
- 資産の再解釈:ノスタルジーやマスコットなどの既存資産を、プラットフォーム文法に合わせて翻訳。
- ガードレールの再設定:安全・品位の“線”を明確化しつつ、実験の余地を残す。
結論として、ソーシャルファーストの“コード”は、予算規模よりも速度・弾力性・共創に宿る。いま踏み出すブランドが、3年後のコスト構造と可視性のゲームで優位を得るだろう。(出典:Marketing DIve)