
ジャガーのリブランドから1年が経って― 2024年の大論争が示したもの
かつてない反響を生んだ“ブランド刷新”という事件
2024年11月19日、ジャガーは自社のブランドアイデンティティを大幅に変更した。象徴的だったグロウラーのロゴは姿を消し、小文字主体のワードマーク、新しい色彩体系、そして2種類のメーカーズマークが採用された。テレビCMでは、30秒の“Copy Nothing”と題された映像が公開されたが、その内容の一部がAppleの「1984」広告に似ているという指摘もあり、批評の火種となった。
このリブランドは、電気自動車への完全移行と若年層獲得を掲げるジャガーの戦略転換を象徴する大胆な施策だった。その2週間後には、マイアミ・アート・ウィークで新しいコンセプトカー「タイプ00」を発表。JLRのチーフ・クリエイティブ・オフィサー、ジェリー・マクガバン教授は「これまでのジャガーとは一線を画する、未来のラインナップの礎となる」と語った。
しかし、ブランド発表直後からネット上では猛烈な議論が巻き起こり、賛否を巻き込みながら、デザイン界を越えて一般層にまで波紋が広がった。Googleの検索データでも、“rebrand”という単語自体の検索量が跳ね上がり、この現象はひとつの社会的トピックに発展した。
戦略転換の陰で揺れ動いた評価と誤解
リブランドの後、JLRがアクセンチュア・ソングとの関係を断ったという報道がSNSで拡散されたが、その事実は確認されていない。ただ噂が増幅され続けたに過ぎない。JLRのCMOであるアンソニー・グローバーは、あるポッドキャストで「ブランド構造・顧客層・商業的成果の観点から“完全なリセット”が必要だった」と説明している。
その後、JLRは約1億9600万ポンド規模のサイバー攻撃にも襲われ、ブランドを巡る情報は混乱を極めた。アクセンチュア・ソング自身はレッド・ドット賞の“エージェンシー・オブ・ザ・イヤー”を受賞しており、制作側への評価は決して低くなかった。
それにもかかわらず、反発の多くはデザインの是非というより、従来のブランドイメージからの大きな乖離への驚きや、ノスタルジーへの執着だったという指摘もある。

クリエイティブスタジオ 20(SOMETHING)の共同設立者ウィル・サッカーは、初見では「伝統的な象徴をミレニアル向けの平板なデザインに押しつぶしたように見えた」と語る。しかしすぐに印象が変わり、「旧ジャガーは未来に居場所を持てていなかった。時代は変わったのだから、ブランドも進む必要があった」と評価を改めた。
ただし、トレンドを過剰に追いかけたように見える部分もあったとし、「DTCジュエリーや高級セックスグッズのようだ」といった揶揄も理解できるという。それでも彼は、「完璧かどうかではなく、“一線を越えた”ことが重要であり、ブランド転換にはその程度の覚悟が必要だ」と語る。
“オンライン炎上”とブランド議論の危うさ
ジャガーはリブランド後、タイプ00のデザインを通じて新しい世界観を具体的に示した。大胆な色彩とフォルムが特徴の電動コンセプトカーは、ジャガーの未来像を象徴しており、ユーザーの8〜9割が“初のジャガー購入者”になると想定されている。しかしリリース直後はSNS上で批判が集中し、販売不振のニュースと結び付けた不正確な投稿も多く飛び交った。実際には、2026年に向けて生産を一時停止していたにもかかわらず、数字だけが切り取られ拡散された。
マーケターのジョン・エヴァンスは、こうした状況を「ノイズによる誤解」だと指摘し、ネット上の“怒りの即時反応”が事実の評価を覆い隠してしまったと語る。
TEMPLOの共同創業者アヌーシュカ・ロッダも、デザイン界に蔓延する「攻撃的なホットテイク文化」を問題視しており、建設的な批評とは異なる“破壊的な否定”が業界全体に萎縮を生む危険性を訴えている。
「多くの大胆なリブランドには膨大な調査と戦略が背景にあり、デザイナーの気分や好みで作られているわけではない。SNSの炎上は、そうした前提を一切無視してしまう」とロッダは語る。
また、SNSの反応を恐れてクリエイティブ判断を避けるマーケターも増えており、「トレンドの怒りに合わせてブランド運営をするのは危険だ」とエヴァンスは警告する。サッカーも、「大きな転換には緊張が伴う。勇気にはコストがかかる」と述べ、ジャガーの“断行”を評価している。

1年後に見える“ジャガーの賭け”の意味
ジャガーは2026年に新モデルを発表する予定だ。グローバーは、リブランドから新車ローンチまで時間を空けるのは“市場の認識をリセットするための意図的戦略”だと説明している。エヴァンスはこの説明から「彼らは自分たちの進むべき方向を理解している」と感じたと言う。
ターゲット層は明確に若返り、デザインは挑戦的で、メディアの注目を引くことを前提に作られている。JLRはレンジローバーで培ったブランド管理能力を持ち、今回の挑戦にも耐えうる企業体だとエヴァンスは判断する。
一方でロッダは、「これほどまで継続的に議論を生むのであれば、それ自体が最初から狙いだったのではないか」とも語る。
リブランドとは単なるロゴ変更ではなく、ブランドの向かう方向性そのものを社会に投げかける行為であり、ジャガーの事例はその影響力を象徴的に示した。
1年を経た今でも議論が続いているという事実は、ジャガーのリブランドがデザイン業界、さらには一般のブランド議論においても歴史的な事例になったことを示している。(出典:.designweek)
















