JAPACの真実:アジアの越境EC経済圏の形成と孤立する日本

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Moeko Kabuta

JAPACをどう捉えるか

JAPAC (ジェイパック)という単語をご存知だろうか。稀に外資系企業のエリア区分で使われる用語で、Japan &Asia Pacificの略である。 このJAPAC という単語を聞いてどのような印象を受けるだろうか。

なるほど、実情を正しく示していると納得する人もいるかもしれない。私も かつて そのように感じた1人だ。 しかし 日本を離れ シンガポールで過ごす うちに このJAPACの単語の恐ろしさを痛感することとなる。

繋がるアジアと孤立する日本。この現象をシンガポールで使われてる 主なEC チャネルでの実体験をもとに 可能な限り説明したいと思う。そして なぜこのような現象が起きているのか。この現象を打開するためには何が必要なのか。少しでも将来の日本の経済を担う方々の参考になってくれれば幸甚である。

シンガポールの大手ECプラットフォーム、ShopeeとLazada

繋がるアジアと孤立する日本。この現象を説明する上で参照したいのが、シンガポールの大手ECプラットフォームである。簡単に、このシンガポールにおけるEC事情を説明したい。

シンガポールで代表される EC プラットフォームは大きく2つ。 ShopeeLazadaである。以下がシンガポールで使われているマーケットシェア の分布である。日本と異なり Amazon の存在感が低いことが特徴的だ。

シンガポールのE-commerce マーケットシェア (2020)1

簡単に大手ECサイトのShopeeとLazadaの紹介をしたい。

Shopee(ショッピー)は東南アジア・台湾で最大級のECマーケットプレイスである。シンガポールを本拠地としながら、マレーシア、インドネシア、ベトナム、タイ、フィリピン、台湾計7カ国で越境ECを運営。私見では、低価格帯のものが多く大量に安く物を買う プラットフォームとして有用である。

Lazada(ラザダ)は2012年に設立された、東南アジアを代表するECプラットフォームで、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの6カ国で事業を拡大。2016年、アリババグループとなり、現在、年間1億人以上のアクティブユーザーがサービスを利用している。

以上、LazadaとShopeeの説明である。日常的に、Lazada派やShopee派といった派閥があるというよりかは、複数の EC プラットフォームを1人で使い分けている人が多いように感じる。 以下、Lazadaを例に購買体験を紹介したい。

  • 実際の購買体験

実際のプラットフォームの画面である。ずらりと並べられている商品は、100円以下のものもあれば、数万円のブランド品まで。そして特徴的なのは、それぞれの商品がシンガポール、中国、韓国、マレーシアとあらゆる国から送られてくる点だ。

そして実際に商品が配送されると、いつ税関を通ったのか、といった通知が送られてくる。実際に以前中国から購入した商品は4日間で自宅に送られてきた。

自宅に送られると、写真の通り、ドアの前に商品がそっと置かれる。また、商品が届いたことを写真で知らせてくれる。

以上が全体の購買体験である。Amazon、楽天、そしてYahooショッピングに代表される日本のECサービスと比べると、確かに雑なことはある。例えば、ドアの前に無防備に置かれたり、梱包が雑だったりすることは日常茶飯事だ。しかし、頼んだものはしっかり届く上、届かなければ返金も手軽に可能。不満はない。

  • 考察

この購買ジャーニーで気づいた点がある。それは、シンガポールでは越境 EC を前提としており、そして商品群の中に日本の商品がほとんど表示されないのだ。

なぜこのような現象が起きているのか。実際に、以前Shopeeに勤務していた方に話を聞いてみた。

「サービスを利用しているユーザーは、購入したい製品がどの国のものなのかあまり気にしていない。中国は、輸送費が安い上人、工場から直接商品が出品されることが多いため、日本の製品が価格で勝つことが難しい。結果、ユーザーがより良く、より安い商品を選ぶとなると価格優位性のある中国製品を選択することが多い。わざわざ日本製品を検索して購入する人はあまり見受けられない印象だ」(30代・男性)

なぜ、これほどまで日本からの商品と、日本以外からの商品で価格差が生まれているのか。一つの理由として、中国の「一帯一路」が挙げられる。

繋がるアジアの背景

一帯一路。それは中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が2013年に提唱した、中国と欧州をつなぐ広域経済圏構想である。かつての交易路シルクロードに沿ったもので、重要な国家戦略でもある。

中国から中央アジアを経由して欧州へと陸路で続く「シルクロード経済ベルト」を「一帯」、南シナ海からインド洋を通り欧州に続く「21世紀の海上シルクロード」を「一路」と呼んでいる。2013年に提唱されてから、特に東南アジアを中心に、この構想は現実に進んでいる。

2021年、中国南部の昆明と隣国のラオスの首都ビエンチャンとの間のおよそ1000キロの区間を結ぶ鉄道が開通したことはご存じだろうか。この鉄道は、一帯一路の一環として位置付けられている。この鉄道が開通する前は、タイ東北部にあるラオスとの国境沿いの町から中国の昆明まではトラックで2日かかっていたところが、15時間に短縮されている。

実際に上海に在住する実業家からは、上海からタイに商品を送る場合、数日で送料500円で届いたという。近年停滞気味と報道されている一帯一路計画だが、すでに一部の構想は実行され、そしてすでに実用化に至る。それは夢物語ではなく、着々と現実となっているのだ。

シンガポールまで安く商品を流通させることができるのは、上記を含めたインフラ整備の所以だ。実際に貿易取引額でも、中国と東南アジアの繋がりが強化されていることは明らかである。

2021年時点でCAGR(年平均成長率)が2桁成長をしており、貿易フロー額がトップの貿易ルートは、中国ー台湾、中国ーオーストラリア、中国ーベトナム、中国ーマレーシア。残念ながら中国ー日本間の年平均成長率のCAGRは5%強に留まる。2

これからのアジアにおける日本ブランドのあり方

今アジアは着々とつながっている。日本を除いて。そんな日本に対して、実際にシンガポールに在住するシンガポーリアンに日本に対する印象を聞いてみた。

シンガポーリアンが見る日本とは

「日本の商品は特別。日本には独自のルールがあり、日本を理解するまでに時間がかかる。でも、日本で成功する商品は、世界でも通用するという印象がある」(30代・男性)
「食事、電化製品なら日本製品を購入するが、それ以外でわざわざ日本製品を購入しようとは思わない。最近だと韓国ドラマが流行っているので、韓国系のものを購入することが多くなっている」(20代・女性)
「ラグジュアリー製品など、こだわりのある商品にはお金を出すが、生活用品などはとにかく安く抑えたい。ラグジュアリー製品は国ではなくブランド名で選んでいる」(30代・男性)

かつて先人たちが築いた「プレミアム価格の特別な日本商品」というイメージはまだ残るものの、影は薄くなりつつある。むしろアジア諸国の顧客は目が肥え、商品の質、価格などを総合的に考えて商品の購入に至っている印象だ。日本のインバウンド旅行客が語る日本のプレミアム価値とは程遠い、シビアな競争がアジア圏で繰り広げられている。

繋がるアジア。かつて栄華を誇っていた日本を中心としたアジアはもうない。私はこの現実を直視し、「日本」と「他国」で分けるのではなく、世界、特に繋がるアジアに居住する個人個人に対して、適切な価格で適切なサービス・商品を提供するという至極根本的なビジネス活動に、日本企業は原点回帰すべきだと思う。

それを体現するのは、シンガポール国内で日本人、そしてシンガポーリアンに愛される、DON DON DONKIだ。

シンガポールで愛されるPan Pacific International Holdingsのシンガポール戦略

日本でドン・キホーテを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスは、現在、シンガポールで16店舗のDON DON DONKI (シンガポールでのドン・キホーテの名称)を出店している。

店内はほとんど日本のドン・キホーテと同様で、日本語のPOPもあるほど。そして店内BGMも日本のドン・キホーテで流れているメロディーを英語にしたものだ。それでも、シンガポーリアンが「DONDONDON、DONKI〜」と鼻歌で歌えるほど、地元に浸透している。

なぜDON DON DONKI がシンガポールで成功しているのか。それは、創業者の安田隆夫氏の意地と決意に現れている。

安田氏は2015年にシンガポールに移住。その際に、輸入中間流通業者が自分たちの利益を獲得するために高価格のマージンを設定し、日本の製品を高額で販売している実情を目にする。

顧客を軽視するこのような慣習に憤りを覚えた安田氏は、アジアのドン・キホーテであるDON DON DONKIを「ジャパンブランド・スペシャリティストア」という位置付けにして展開することを決意。「ジャパンブランド・スペシャリティストア」とは、日本産もしくは日本市場向けの商品を海外でも低価格で提供するコンセプトである。

これはドン・キホーテの理念である「顧客最優先主義」や、日本の優れた商品をより低価格で提供することによって社会貢献を行うという、ドン・キホーテの海外戦略のコアを表したとも言うべきコンセプトであると言える。

海外だからとプレミアム価格をつけるのではなく、適切な価格で世界中のあらゆる人に商品・サービスを提供するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス。「ジャパンブランド・スペシャリティストア」は功を奏し、シンガポールにおけるDON DON DONKI の地位は不動のものとなっている。

日本と他国で差別をせず、顧客を真摯に見つめ、彼らが必要なものを突き詰めて考え、提供し続けた結果だと言えよう。

まとめ

JAPACの話に戻そう。

この記事を読んだ上で、Japan & Asia Pacificという単語を見て頂きたい。これを日本が特別と見るか、それとも除外されていると見るかは読者に任せたい。

ただ、この意味を考えている今も確実に、アジアは繋がっている。そして一部の企業は、日本商品という幻想に気付き、一人一人の顧客に満足してもらえる商品・サービス開発を続けている。

最後に、私の体験を踏まえ、この記事を終わらせたいと思う。

シンガポールに在住し、あらゆる国籍の人と話していると、気づくことがある。それは、国籍の違いよりも、個人の違いの方が大きいということだ。シャイで倹約家のシンガポーリアンもいれば、社交的で散財好きなシンガポーリアンもいる。そしてあるシンガポーリアンは、文化、生活、習慣、あらゆる違いがある世界の片隅同士で、私と同じ本を読み、同じ映画を観て、そして同じように心を震わせるのだ。

シンガポールに暫く在住した経験を通じ、私は思う。国籍で人々を分けることにどれほどの意味があるのだろうか。日本は他国とは違うから、と対話を諦めるほど、我々は異なるだろうか。必要なのは、国籍関係なく、個人同士の対話なのではないかと。

それは、法人でも同じだ。

顧客との対話を通じて、良い商品・サービスを適切な価格であらゆる人に。本来全ての企業が行うべき基本的な活動を、「プレミアム価格の特別な日本商品」とという幻想に惑わされて怠ってはならない。「日本」と「他国」と区切るのではなく、この巨大なアジアのうねりの中に住む一人一人の顧客を誠実に見つめながら、彼らを満足させる商品・サービスを提供する。そんな原点回帰のアジアマーケット戦略に踏み出さなければならない時が、もうすでに来ているのだ。

脚注

  1. R. Hirschmann(2024)   E-commerce market share Singapore 2022, by platform,Statista. ↩︎
  2. チョン・ミン・ソン クリス・ブラッドリー ニック・リョン ジョナサン・ウーツェル クェイリン・エリングルード ゴータム・クムラ ペイシ・ワン 『新時代の岐路に立つ アジア』(2023年9月) p.12 マッキンゼー・グローバル・インスティテュート ↩︎

参考文献