
ジャガーCEOが退任─議論を呼んだブランド再構築キャンペーンの余波
高級車ブランドであるジャガーの最高経営責任者(CEO)、エイドリアン・マーデル氏が、自社主導による新たなブランド戦略の実施後、数カ月を経て退任することが明らかになった。マーデル氏はジャガー・ランドローバーに30年間在籍し、うち3年間をCEOとして務めてきた。
ジャガーは2023年に「Copy Nothing(何も真似るな)」というスローガンを掲げたブランド再構築キャンペーンを発表し、同時にロゴの刷新も実施した。この新たな取り組みは、これまでのクラシックな高級車ブランドとしてのイメージからの脱却を図る試みであった。
物議を醸した広告表現とその反応
「Copy Nothing」キャンペーンの中心にあった広告映像では、「create exuberant(奔放に創造せよ)」「live vivid(鮮やかに生きよ)」「delete ordinary(平凡を排除せよ)」「break molds(型を破れ)」といったコピーとともに、ジェンダーニュートラルなモデルがドレスや鮮やかな衣装を身にまとって登場した。映像には車両が一切登場せず、スタイリングや感性の演出に終始した構成となっていた。
この広告はSNS上で大きな注目を集め、公開から24時間以内に4,700万回近い再生回数と数万件のコメントを記録したが、否定的な反応も多く、「製品ではなく文化的アピールに重きを置いている」として批判が集中した。
X(旧Twitter)では一部のユーザーから「Bud Light 2.0」──近年物議を醸したビールブランドのキャンペーンになぞらえる声も上がり、保守的な立場からは「これは企業としての方向性を誤った」とする意見も相次いだ。政治活動家のロビー・スターバック氏は「これではジャガーを買いたくなくなる」とし、コラムニストのジョン・ガブリエル氏も「2022年なら理解できたかもしれないが、今では完全にタイミングを見誤っている」と批判した。
ジャガーの見解とEV戦略の波紋
ジャガーはFOXビジネスに寄せた声明の中で、「今回のブランド刷新は、象徴的なジャガーの歴史を尊重しながらも、大胆で創造的な一歩を踏み出すものだ」と主張し、「この発表は新時代への入り口に過ぎず、今後さらに多くの変革を伝えていく予定である」と述べた。
しかし、この声明の直後には、ピンク色の車体を特徴とする新型EVが「ピンクのバットモービル」と揶揄され、再び世間の批判を浴びることとなった。マーデルCEOの退任は、この一連の再構築キャンペーンとタイミングを同じくしており、業界内外では「リブランディングの影響が少なからず関係しているのではないか」との見方が広がっている。
なお、FOXビジネスによる再度のコメント要請に対し、ジャガー側は記事公開時点での回答を控えている。
リブランドの意図と文化的感度のジレンマ
今回のキャンペーンは、時代に即した包括性や革新性を訴求するものであったが、ブランドの伝統や顧客層との接続性をいかに保つかという点で、十分なバランスを取ることができなかった可能性がある。
グローバル市場におけるブランド再構築には、単にビジュアルやスローガンの刷新にとどまらず、社会的文脈や文化的感受性を精緻に捉える必要がある。今回のジャガーの事例は、それを欠いた場合に企業が直面しうるリスクと、その反動の大きさを示す象徴的な一件となった。(出典:Jaguar, Fox Business他)