
ルイ・ヴィトン、「ザ・ルイ」を上海にオープン──クルーズ船型ストアで“旅するスピリット”を体現
上海の中心に出現した「動く文化施設」
2025年6月、ルイ・ヴィトンは上海・南京西路の商業施設「太古匯」に、クルーズ船型の巨大インスタレーション「The Louis(ザ・ルイ)」を発表した。ブランドの代名詞であるトランクの意匠を取り入れたこの施設は、キャビンにクラシックなハードケース、船体にモノグラムを配し、視覚的にもブランドのDNAを強く印象づけている。3階建て、総面積は17,000平方メートルを超え、リテール、展示、ホスピタリティの3要素が統合された複合的な空間となっている。
ルイ・ヴィトンの社内デザインチームは、この船型ストアが「東洋の玄関口」である上海の港湾文化に対する敬意であると同時に、創業当初から大洋横断トランクを製作してきたブランドのルーツに根ざしたものだと説明している。単なる視覚的インパクトではなく、都市とブランド、そして旅というテーマの交点として企図されている点が注目される。
内部構成もまた巧妙に設計されている。最初の2フロアは「エクストラオーディナリー・ジャーニー」展と題した常設展示空間となっており、「パフューム・ルーム」では歴代のアメニティグッズを、「ブック・ルーム」ではガストン=ルイ・ヴィトンの収集品と著作を、「スポーツ・ルーム」ではF1やオリンピックといった国際イベントとのコラボレーションアイテムを展示している。体験型コンテンツとしては、職人の実演を見られる「ワークショップ&テスティング」エリアが用意されており、最上階では「ル・カフェ・ルイ・ヴィトン」が上海の郷土料理と西洋料理を融合した特別メニューを提供している。
ラグジュアリーの再定義──インスタレーション戦略の進化
このプロジェクトは単なる旗艦店舗ではない。ルイ・ヴィトンはここ数年、建築的手法やアートとの融合を通じてブランド空間を進化させている。ニューヨークの旗艦店では改装期間中に巨大なトランク型ファサードで店舗を覆い、パリでは草間彌生のインフレータブル彫刻を店舗屋上に設置するなど、ファサードそのものをインスタレーション化する動きが加速している。「ザ・ルイ」はその極致にある試みと言える。
なお、2023年12月にはLVMHがクルーズ小売事業の株式の過半数をフロリダ拠点の投資家グループに売却し、「グローバル・トラベル・リテール・ホールディングス」を設立した。LVMH傘下のスターボード・クルーズ・サービスやオンボード・メディアはこれまで存在感が薄く、四半期決算でもほとんど言及されてこなかったが、今回のような大胆な空間戦略を通じて、海と旅というテーマが再びブランド戦略の中核に浮上している点は興味深い。
LVMHグレーターチャイナ社長のウー・ユエ氏は、「ザ・ルイ」は上海の都市精神とブランドの旅行哲学を象徴するものであると語り、CEOピエトロ・ベッカーリ氏もこれを「文化的進化の新たな章」と位置づけた。すべての川と海を受け入れる都市としての上海の精神が、ルイ・ヴィトンの「旅するスピリット」と結びついたことで、この施設はストアの枠を超えた「移動する文化拠点」として成立している。
このプロジェクトは、ラグジュアリーとは何か、ブランドとは何を届けるものかという根本的な問いに対して、空間、文化、体験を媒介にした新しい解答を提示している。単なる物販の場ではなく、ブランドの哲学、都市との共振、未来のラグジュアリー像を示す象徴的な装置──それが「ザ・ルイ」である。今後のルイ・ヴィトン、あるいはLVMHのブランド戦略全体にとって、この空間が一つの方向性を示す灯台となることは間違いない。(出典:LVMH, Fourbes、Luxury Daily 他)