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日本において“ミュニシパリズム(地域主権主義)”は花開くか? ~
「杉並の奇跡」に見る、新しい市民主体の地域自治の動き

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Contributor:kkonishi

2024年1月から東中野で上映されている「映画 ○月○日、区長になる女」。2022年に杉並区長選で12年現職だった自民派区長を変えるべく、オランダのNGOで長く公共政策に携わった岸本聡子さんが対抗馬として出馬。人口57万人の選挙区を187票差で破って、初の女性杉並区長に当選した経緯を撮ったドキュメンタリー映画だが、いわゆる政治ものとは一線を画する、全く想定外の面白さだ。

杉並区は23年の区議会選で、女性議員比率が初めて過半数(いわゆるパリテ)になったのをご存知だろうか?

22年の岸本区長当選をきっかけに、旧態依然の議会政治を変えるため一般住民から女性議員の立候補が相次ぎ13人が当選、議会の顔ぶれが全く変わる「杉並の奇跡」と呼ばれるインパクトをもたらした。しかも投票率が杉並区長選で前より5.5%上昇、区議会選でさらに4.2%も上がるという、全国的な選挙投票率低下の中で驚くべき結果が。投票率が5%変わるだけで政治は大きく変わるのだ。

このムーブメントがどうして広がったのかを、本人も選挙運動に関わった、ペヤンヌマキ監督が飾りのない演出で手持ちカメラで見事に収めており、日本で起こったこの草の根市民革命のうねりに、見ていて途中から胸が熱くなった。

「公共の再生を目指す:バルセロナ市の先駆的取り組み

杉並区で、緑豊かな住宅街や地元商店街を貫く都市道路計画が住民不在で進んでいることがわかり、政党ではなく市民団体が発足して、区長選の対抗候補者に岸本氏をオランダから招聘するところからドキュメンタリーが始まる。公共政策の専門家である岸本氏は、バルセロナ市の先駆的な住民自治モデルに影響を受け、欧州で進むミュニシパリズム(municipalism:地域主権主義)を日本で挑戦しようと、帰国して立候補することを決意。

ミュニシパリズムとは、間接民主制の選挙に政治参加を限定されず、公共サービスの再公営化、地方公営企業の設立など、市民主体の政治で公共の再生(市場化された公共財を市民の手に取り戻すこと)を目指していく新しい地域自治の動きだ。
バルセロナでは、いまだかつてない進歩的な地域政党「バルセロナ・コモンズ」が市民運動から誕生し、2015年の地方選挙で勝利した。バルセロナはミュニシパリズムの先駆的、中心的な存在で、さまざまな既得権益と闘いながら市民とともに変革を進めてきた。

バルセロナ・コモンズが市政を担当してから、2019年までに8960世帯の公営住宅を新たに供給し、その他にも低所得世帯が利用できる公営の葬儀サービス会社の設立、ドメスティックバイオレンス被害者救済サービスの再公営化、地産自然エネルギー供給公営企業(Barcelona Energia)を設立し軌道に載せている。

かたや日本では公共空間の民営化や民間委託が加速し、住民不在で利潤最優先の再開発が進み問題が顕在化する状況は、10-20年ぐらい時代に逆行しているとも言える状況だ。世界の目線で現状の日本の政治や社会の問題を冷静に捉える、岸本氏の視座の高さが今までの政治家になく、とても新鮮に感じる。

杉並区は中央線文化のヒッピーカルチャーの色濃い印象があるが、自治意識の高さもあるのか、クリエイターやカフェ店主、高齢女性から若者まで多様な住民が岸本さんを支えようと、今まで無縁だった選挙に自分事として関わっていく。もちろん連呼の挨拶回りから始まる日本の選挙活動の古臭さ、候補者が住民団体の多様な異なる要求に向き合う、リアルな政治の難しさも描かれている(要求と政策は違うのだ、という岸本さんのバランス感覚も印象的)。

そして試行錯誤を重ねながら、やがて新しいスタイルの選挙活動を創り出して成長する姿に共感の輪が広がっていく。選挙カーから拡声器で叫んだり、街頭で頭を下げるだけの選挙活動ではなく、自分ではなく住民にマイクを持たせて対話をしたり、タウンミーティング、候補者対談などを仕掛けて本質的な議論に巻き込んでいく。そして開票日のリアルタイムな得票状況には、結果は分かっていてもハラハラし、大きなカタルシスを感じる。

気になって杉並区長選の属性別投票率を調べたところ、女性の投票率が各世代で大きく男性を上回っており、女性の投票行動が社会を動かしたことがわかる(下図)。また選挙では、杉並区の高齢者の女性が自らリベラルなアクション・運動を起こしており、よく言われるシルバー民主主義に対する誤解にも気づかされる。

(70-80歳代以上で男性投票率が高いのは、平均寿命差で高齢女性の住民母数が非常に多くなるため)

選挙のSNS/映画配信はもちろん、ボランティアで”一人街宣運動”が広がったり、アーティストが音楽を作ったり、政治的主張を声高に発するのではなく、合意形成の対話を通じてビジョンを広げる、クールで楽しい草の根の選挙運動の姿を日本で初めて見たかも知れない。日本の政治をもっとカッコよくすることができるかも、と希望を感じたほどだ(本作品テーマソングも、草の根市民革命に共感した小泉今日子さん等が参加している)。

何より岸本さんだけでなく、リアルな個人の市民運動が画面に疾走感を生み出し、実に映画的で作品として強い。今年は日本で政党主導の政治に対する、新たな市民革命の意識が拡がるエポックになる、という予感がするのは期待しすぎだろうか。

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