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アメリカン・イーグルのシドニー・スウィーニー起用広告──賛否を呼ぶ理由とその波紋

アメリカン・イーグルが2025年秋コレクションのプロモーションに女優シドニー・スウィーニーを起用し、大規模な広告キャンペーンを展開した。チーフ・マーケティング・オフィサーであるクレイグ・ブロマーズ氏は、このコラボレーションを「ブランド史上最大規模のもののひとつ」と位置づけている。

しかし、7月22日に発表されたこのキャンペーンは、数日後には政治的・文化的な論争の中心へと変貌した。ある映像の中でスウィーニーが「私の身体の構成は遺伝による」と発言した場面が、青い目とブロンドの髪を持つ彼女のビジュアルと相まって、優生思想や人種差別的な意図を想起させるとSNS上で批判されたのである。

 

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同映像では、カメラが彼女の胸元に焦点を当てた後、スウィーニーがオペレーターに対して「遺伝は親から子へと引き継がれ、髪や目の色、性格などを決める」と語る。その直後、カメラが彼女の目へとパンし、「私のジーンズ(genes/jeans)はブルーよ」と冗談めかして締めくくる。この言葉遊びは意図的であったとしても、TikTokやX(旧Twitter)では「ナチス的な優生思想をほのめかす」と受け取られた。

こうした反発を受けて、アメリカン・イーグルはこの映像をYouTubeやInstagramなど複数のチャンネルから削除したが、正式な声明は発表していない。

マーケティングの成果と文脈のズレ

キャンペーン開始直後には、アメリカン・イーグルの株価は7%上昇するなど、短期的なビジネス効果も見られた。しかしその矢先、ブランドは「文化戦争」の炎の中に放り込まれた。

マーケティングの専門家ジャン=ピエール・ラクロワ氏は、この騒動は単なる「道徳的違反」ではなく、進歩的な層が感じている“社会的な後退”への警戒心が投影されたものであると分析する。米国ではDEI(多様性、公平性、包摂性)施策の後退が目立ちつつあり、一部の消費者は「自分たちの居場所が奪われつつある」と感じている。そのような社会的感情が、この広告に過剰反応を引き起こしたという見方だ。

一方、Siegel+GaleのCMOであるドリー・エリス・ガーフィンクル氏は、「論争を意図的に仕掛け、ブランドの注目度を高めようとした可能性もある」と指摘する。「デニムの広告で論争を起こすこと自体、戦略的な判断が働いていたと考えるべきである」と語る。

さらに、『Culture-Led Brands』の著者であり、Platform13の創設者であるレイラ・ファタール氏は、「ブランドメッセージは社会文化的文脈に着地する以上、多様な視点が制作と意思決定の過程に組み込まれていなければならない」と警鐘を鳴らしている。

広告表現と“男性のまなざし”の再来

この広告が批判を浴びたもう一つの要因として、ジェンダー表現への懸念も挙げられている。広告の多くでは、スウィーニーの身体的特徴──とりわけ胸や臀部──にフォーカスが当てられており、彼女がカメラマンに対して微笑み、反応する場面も含まれている。これは一部で、過去の広告における「男性の視線(male gaze)」的な描写と重ねられている。

たとえば、1971年のナショナル航空による「私を乗せて」というキャッチコピーの広告や、1980年のカルバン・クラインが15歳のブルック・シールズを起用した広告、2005年のGoDaddyによる過激なテレビCMなど、過去の広告業界では性的表現がしばしば物議を醸してきた。今回のアメリカン・イーグルの広告も、こうした歴史の延長線上にあるとの批判が存在する。

なお、スウィーニーは今年6月にも、ドクター・スクワッチのバスソープ広告に出演し、「朝の木のような香りがする」といった性的ニュアンスを含む演出で話題となっていた。同社のグローバル・マーケティング担当副社長ジョン・ルデケ氏は、「このキャンペーンの目的は、自信と主導権を持ち、自分を笑い飛ばせる女性像を描くことであった」と述べている。

本来、今回のアメリカン・イーグルのキャンペーンには、社会貢献の意図も含まれていた。スウィーニーの名前を冠したジーンズの売上は全額、精神的サポートやドメスティック・バイオレンス被害者支援を提供する「クライシス・テキスト・ライン」へ寄付されることになっていた。

にもかかわらず、このキャンペーンは結果的に、アメリカ社会における分断や緊張感を象徴する「文化戦争」の新たな焦点となってしまった。

ブランドに求められる責任と構造的配慮

今回の事例は、ブランドが善意で展開したキャンペーンであっても、視覚表現や言語が文化的コンテクストに敏感でなければ、意図に反して強い反発を招く可能性があることを示している。

ブランドの価値や信頼性は、もはや商品やクリエイティブの良し悪しだけでは決まらない。社会の空気、政治的背景、ジェンダー観や人種問題といった複雑な文脈の中で、どのように立ち位置を取るかが問われている。

アメリカン・イーグルのケースは、メッセージの精度と制作チームの多様性、そして事前の社会的感度チェック体制の重要性を、あらためて浮き彫りにした事例といえるだろう。(出典・画像:American Eagles, AdWeek)

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