フレキシブル・アイデンティティ〜現代のブランドはいかに変化に適応すべきか

企業のロゴはと、かつて「変えてはいけないもの」だった。

色、比率、余白、配置方法を厳密に定め、名刺から広告、店舗、製品まで、同じシンボルを一貫して反復する。20世紀後半に広がったCI(Corporate Identity)は、企業理念や行動、コミュニケーションまでを統合する経営活動であり、その視覚的な中核を担ったのがロゴやシンボルであった。日本でも1980年代を中心に多くの企業がCIを導入し、統一されたマークをあらゆる接点に展開することで企業の認知と信頼を築いてきた。

この方法は、当時のメディア環境においてきわめて合理的だった。新聞、雑誌、テレビCM、パッケージ、店舗看板、名刺、封筒。企業と生活者の接点が現在ほど細分化されていない状況では、同じシンボルを高い頻度で露出させることが、そのまま認知の蓄積につながったからである。

しかし現在、ブランドを取り巻く環境は大きく変わっている。スマートフォンの数十ピクセルのアイコンから巨大なデジタルサイネージまで、SNSの数秒の動画からWebサービス、アプリ、音声インターフェース、イベント空間まで、ブランドはサイズも時間も操作方法も異なる接点に同時に存在している。こうした環境では、一つの完成されたロゴをあらゆる場所に同じ形で置くだけでは、むしろブランド体験を統一しにくい。そこで存在感を増しているのが、「フレキシブル・アイデンティティ」の考え方だ。

「同じ形」ではなく「同じ原理」で一貫させる

近年のデザイン研究では、静的なビジュアル・アイデンティティに対して、変化や適応を前提とするモデルが整理されている。Dynamic Identity、Flexible Identity、Fluid Identity、Responsive Logo、Post-logoなど呼称はさまざまだが、共通するのは、ブランドを一つの固定された図形ではなく、一定のルールのもとで姿を変えられる「システム」として捉えることである。

たとえば、画面サイズに応じてロゴの要素を省略する。固定された外形の内部に異なる写真や色を入れる。共通のグリッドから事業ごとのシンボルをつくる。ユーザーの操作やデータに応じて形や動きを変える。フレキシブル・アイデンティティにはさまざまな形式があるが、本質は「たくさんのロゴをつくること」ではない。

ここで重要なのは、「変わるもの」と変わらないもの」を設計することである。ブランド名は変えない。基本的なシルエットは保つ。色の組み合わせを共通化する。あるいは、形そのものは変化しても、グリッドや生成原理を共有する。固定する対象が一枚の完成画像から、その背後にあるルールへと移っているのである。

その象徴的な企業事例がGoogleである。Googleは1998年から、記念日や人物、社会的な出来事に合わせて検索画面のロゴを変化させる「Google Doodle」を展開してきた。さらに2015年のブランド刷新では、正式なワードマークだけでなく、小さな画面で使う4色の「G」、音声入力などで状態を伝える動くドットを一つのアイデンティティ・システムとして整備した。

2015年のGoogleブランド刷新におけるロゴの基本要素

デスクトップPCからモバイル、ウェアラブル、音声インターフェースへとブランド接点が広がるなかで、「一つのロゴを縮小して使う」のではなく、接点に応じて最適な姿に変わるブランドへ移行したのである。

Googleの事例が示すのは、フレキシブルであることと、一貫性がないことはまったく別だということだ。ワードマーク、G、ドットは形こそ違うが、4色のカラーシステムや幾何学的な造形、動き方などに共通するDNAがあり、それがGoogleらしさを担保している。

多様化する組織を、一つのブランドとして束ねる

フレキシブル・アイデンティティが必要とされる理由は、メディアの変化だけではない。企業や組織そのものが複雑になっていることも大きい。一つの企業の中に複数の事業、商品、サービス、研究組織、地域拠点が存在することは珍しくない。それらすべてに親会社と同じロゴだけを貼れば統一感は生まれるが、それぞれの活動の個性は見えにくくなる。一方で、各事業が独自のロゴやデザインを持てば、組織全体としてのブランドは分散する。

この課題に一つの答えを提示したのがMIT Media Labである。2014年に刷新されたアイデンティティでは、7×7のグリッドからMedia Lab本体の「ML」と、各研究グループの異なるシンボルを生成する仕組みが設計された。それぞれのシンボルは見た目が違う。しかし、すべてが同じグリッドと造形原理から生まれているため、並べれば一つの家族であることが分かる。

MIT Media Labのアイデンティティ・システム

ここで統一されているのはマークではなく、「マークを生み出す文法」である。組織全体の一体感を守りながら、各研究グループには独自の顔を与える。この構造は、複数事業を抱える企業や、多くの地域拠点を持つ組織のブランド設計にも応用できる。

ノルウェー北部の観光ブランド「Visit Nordkyn」も象徴的な事例である。Neueが手掛けたアイデンティティでは、風向や気温などの気象データに応じてロゴの形がリアルタイムに変化・生成する。

厳しい自然環境によって刻々と表情を変える土地の特性を、固定された図案ではなく「変化する仕組み」そのものによって表現しており、ブランドと気候がリアルタイムにつながる「動的ロゴ(Dynamic Logo)」の手法は、従来の静的ロゴの枠を超えた表現として、ブランディング界でも注目を浴びている。フレキシブル・アイデンティティとは、このように企業や組織の多様性を隠すのではなく、多様であることそのものを秩序立てて可視化する方法でもある。

ノルウェー北部の観光ブランド「Visit Nordkyn」の動的ロゴ(Dynamic Logo)

ブランドに求められる「人格(パーソナリティ)」の変化

もう一つ見逃せないのが、ブランドに求められる人格の変化である。工業化社会における企業ブランドでは、安定性、信頼性、均質性が重要な価値だった。同じ工場から同じ品質の商品が供給されることが信用につながり、その価値観と固定された企業マークは親和性が高かった。

しかし企業活動のソフト化・サービス化が進んだ現在、ブランドは完成した商品だけでなく、継続的な体験として認識される。プラットフォームやSaaS、メディア、モビリティ、エンターテインメントなどでは、ユーザーによって表示される情報が変わり、利用するたびにコンテンツが更新される。ブランドは静止した「印」ではなく、人と継続的に関係を結ぶ存在になった。そこで重要になるのが、応答性、参加性、多様性、開放性、リアルタイム性といった性質である。

Whitney Museum of American Artの「Responsive W」は、その考え方を端的に表している。ジグザグ状のWは、紙面や展示作品、周囲の文字に応じて伸縮する。美術館自身のロゴを常に大きく主張するのではなく、そこに存在する作品やコンテンツに反応する構造である。つまり「美術を収容する固定的な箱」ではなく、「多様な表現に応答する美術館」という組織の性格そのものを、アイデンティティの振る舞いとして表現している。

Whitney Museum of American Artの「Responsive W」

Netflixも、膨大なコンテンツの多様性を前提としてブランドを設計している。そのビジュアルシステムでは、Netflix固有の書体やUI、象徴的な「N」など、プラットフォームとしての共通要素を基盤としながら、各作品が持つタイトル、色彩、写真、テクスチャなどを積極的に取り込み、コンテンツに応じて表現そのものを変化させていく。つまり、すべてのコミュニケーションを一つの固定されたビジュアルに統一するのではなく、作品ごとの個性を前面に出しながらも、「Netflixから発信されている」と認識できる一貫したルールを設けているのである。

そこでは、ブランドとコンテンツが別々に存在するのではなく、映画やドラマ、ドキュメンタリーといった一つひとつの作品の世界観そのものが、Netflixのブランド体験を構成する要素になる。プラットフォームとしての統一感を保ちながら、多様なジャンルや文化、クリエイターの表現を包み込むことができる仕組みであり、「コンテンツそのものがブランドになる」という発想を視覚的なシステムとして実装した事例といえる。固定されたブランドイメージを繰り返すのではなく、コンテンツが増えるほどブランドの表情も豊かになっていく点が特徴である。

製薬大手GSKも、2022年のリブランディングにおいて、固定的なロゴだけに依存しない動的なアイデンティティを導入した。新しいロゴ「signal」は、常に前方を指すような方向性を感じさせる造形を持ち、企業が科学や医療の領域で前進し続ける姿勢を象徴している。また、ブランドシステム全体には、人間の免疫系や細胞、生命活動などを想起させる有機的な曲線や連続的な形状が用いられ、従来の製薬企業に見られる静的で硬質なイメージとは異なる、生命感のある世界観がつくられている。

こうしたビジュアルは、Webサイトやデジタルプロダクト、SNS、映像、オフィスやイベント空間など、それぞれのメディアや環境に応じて形や動きを変えることができる。ロゴを単純に反復するのではなく、変化し続けるグラフィックそのものによって企業の性格を伝える設計である。生命科学が常に変化し、環境に適応しながら進化していくように、ブランドも固定された形ではなく柔軟に変化する。その仕組みを通じて、GSKが目指すバイオ医薬品企業としての「生命」「適応」「前進」といった価値を、言葉だけでなくブランド体験そのものとして表現している。

近年のRenaultは、長い歴史の中で受け継がれてきた伝統的なダイヤモンドマークをブランドの核として残しながら、その周囲に動きや変形を許容する柔軟なブランドシステムを構築している。象徴となるマークを固定的な完成形として扱うのではなく、線や形、グラフィック、映像などと連動させることで、さまざまなコミュニケーションへと展開できる仕組みである。これにより、自動車そのものだけでなく、デジタルサービスやモビリティ、コミュニケーションなど、多様化していくブランドの接点に一貫性を持たせながら対応できるようになっている。

「responsive system」「flexible brand universe」と表現されるシステムの特徴は、一つの決まった見せ方をすべての媒体に適用するのではなく、接点やコンテンツに応じてブランドの表情を柔軟に変えられる点にある。伝統的なダイヤモンドという強い資産を維持しながら、その表現方法を動的なものへと更新することで、Renaultが自動車を製造・販売するメーカーから、より広い意味でのモビリティを提供するブランドへ変化していることを象徴している。歴史的なアイデンティティを捨てるのではなく、「変わらない核」と「変化できる表現」を組み合わせることで、ブランドの継続性と未来志向を同時に成立させている事例である。

2028年ロサンゼルス・オリンピック・パラリンピックの「LA28」も興味深い。基本構造となるLと28は固定しながら、中央のAだけがアスリート、アーティスト、クリエイターなどによって多様な姿へ変化する。単一の象徴でロサンゼルスを代表させるのではなく、多様な文化が共存する都市だからこそ、一つに固定できないことをアイデンティティそのものにしたのである。ここでは可変性が単なる装飾ではなく、ブランドの思想になっている。「私たちは多様である」とコピーで宣言するのではなく、ブランド自身が毎回違う顔を見せることで、その価値観を実演している。

CI時代のロゴが「古く」見える時代

こうした視点から見ると、いわゆる日本の伝統的大企業、いわゆるJTC(Japanese Traditional Companies)のCI時代のロゴが、ときに古く感じられる理由も理解しやすい。もちろん、古いロゴだから古臭いわけではない。数十年前につくられたシンボルでも、高い造形性と認知資産を持ち、現在も十分に機能しているものは多い。むしろ問題になるのは、そのロゴを中心とした「運用思想」である。

固定ロゴ、コーポレートカラー、指定書体、使用禁止事項を決め、それをあらゆる媒体に適用する。こうした仕組みは、紙媒体や広告を中心とした時代には合理的だった。しかし、SNS、動画、アプリ、採用サイト、イベント、プロダクトUI、社内ツールまでを同じ方法で管理しようとすると、表現が硬直しやすい。その結果、「どの制作物にもロゴは同じように入っているのに、ブランド体験としてはバラバラ」という逆説も起こる。

現在のブランドに求められる一貫性は、必ずしも「すべてが同じに見えること」ではない。広告とアプリが違って見えてもよい。採用コミュニケーションと顧客向けサービスが異なる表情を持っていてもよい。ただし、その背後にある色、書体、言葉、動き、写真、レイアウト、判断基準などから、一つのブランドらしい価値観が感じられなければならない。つまり、表層の統一から、原理の統一へと一貫性のレイヤーが移動しているのである。

フレキシブルであるほど、厳密な運用設計が必要

ただし、フレキシブル・アイデンティティを「ブランドを自由に変えてよい」という意味に解釈してはいけない。むしろ可変性が高いほど、ブランド・ガバナンスは高度になる。固定ロゴ中心の運用であれば、「このロゴを変形してはいけない」「この色以外を使ってはいけない」と規定すれば、ある程度の秩序を維持できた。しかし可変型では、どの条件なら、どの要素を、どこまで変えてよいのかを定義しなければならない。

ブランド名は固定するのか。シルエットはどこまで変えられるのか。色の組み合わせはいくつあるのか。画面サイズによって何を省略するのか。モーションにはどのような速度やリズムを持たせるのか。地域拠点や事業部が独自の表現をつくる場合、どこまで裁量を与えるのか。必要なのは、完成したロゴの「取扱説明書」ではなく、ブランド表現を生み出す「生成ルール」である。

さらに実際の運用では、デザインガイドラインだけでは足りない。テンプレート、UIコンポーネント、デザイントークン、デジタルアセット管理、ファイルのバージョン管理、承認フローまで含めて設計する必要がある。ブランド表現をデザイナーだけが管理するのではなく、マーケティング、広報、プロダクト、営業、採用、地域拠点、外部パートナーなど、多数の人が日常的に扱うからである。優れたフレキシブル・アイデンティティとは、優れたグラフィックだけでは成立しない。誰が運用しても一定以上のブランドらしさを再現できる「仕組み」があって初めて機能する。

ブランドガイドラインから「ブランドOS」へ

この変化は、ブランドデザイナーの役割も変えつつある。従来の仕事が「最も完成度の高いロゴやキービジュアルをつくり、その使用方法を規定すること」だったとすれば、現在は「さまざまな状況から適切なアウトプットを生成できるシステムをつくること」へと領域が広がっている。

色、タイポグラフィ、写真、グリッド、モーション、言葉遣いなどをブランドの部品として設計し、それぞれの組み合わせ方や優先順位を定義する。必要に応じてテンプレートやソフトウェアに実装し、現場がブランドルールの範囲内で自律的に制作できる状態をつくる。言い換えれば、ブランドガイドラインは「ブランドOS」へ変化しつつある。

OSは、毎回同じ画面を表示するためのものではない。異なるアプリケーションや状況を受け入れながら、共通した振る舞いを成立させる基盤である。ブランドも同じで、個別の制作物をすべて同じ姿にするのではなく、多様な表現を受け入れながら、それらが一つの世界観に属していると感じられる基盤をつくることが重要になる。

だからといって、固定ロゴが不要になるわけではない。商標、サイン、製品表示、認証、契約書など、固定された記号が強い識別性と信頼を生む場面は今後も残る。長い時間をかけて蓄積されたロゴの認知資産を安易に捨てる必要もない。問われているのは、固定か可変かという二者択一ではなく、何を固定し、何を変えるかである。

人間の人格にたとえると分かりやすい。人は仕事、家庭、友人との会話で服装や言葉遣いを変える。しかし、そのたびに別人になるわけではない。価値観、判断の癖、声のトーン、振る舞いなど、より深いレベルに一貫性があるから、その人らしさを感じるのである。

ブランドも同じ方向へ向かっている。一つのロゴをあらゆる場所で同じように反復することだけが一貫性なのではない。媒体や相手、状況によって表情を変えながらも、「このブランドならこう振る舞う」という共通した原理を感じさせることが、これからの一貫性になる。

同じ形を繰り返すことから、異なる表現の中に同じ思想を感じさせることへ。ブランドの視覚的アイデンティティは、一つの正解をあらゆる媒体へコピーする仕組みから、共通する原理によって複数の正解を生み出す仕組みへと進化しているのである。

(*タイトル画像は、オンラインビューティーのBeauty Bayのフレキシブル・アイデンティティ表現より)

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