
米国観光立国の危機―国際旅行消費125億ドル(約1.9兆円)消失の衝撃
世界最大の旅行・観光経済を誇る米国が、2025年に国際旅行者の消費額で約125億ドル(約1.9兆円)を失う見通しとなった。世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)が184 カ国・地域を対象に実施した最新の経済影響調査で明らかになったもので、国際旅行支出が前年から減少に転じるのは調査対象国で米国だけだという。
22.5%減のインバウンド消費
WTTCの推計によれば、2025年の米国における国際旅行者消費額は1,690億ドル弱で、2024年比で120億ドル以上、ピーク時(2015年)の水準と比べると22.5%の落ち込みとなる。国内観光需要が堅調に見える一方で、海外客の減速が米国経済全体に打撃を与えつつある。WTTCのジュリア・シンプソンCEOは「需要があるのに受け入れ態勢が追いついていない」と警鐘を鳴らし、ワシントンのリーダーシップを求めた。
米商務省の統計(2025年3月速報)では、英国からの訪米客が前年比15%減、ドイツ28%減、韓国15%減と主要市場で軒並み二ケタの落ち込みが見られた。スペイン、コロンビア、アイルランドなど他の有力市場も24〜33%減。さらに“お隣”カナダからの初夏の予約は前年より20%以上減る見込みで、北米域内の往来さえ細りつつある。
内需偏重という構造的リスク
2024年の米国観光消費の約9割は国内旅行が占めた。パンデミック期には“救命ボート”として機能したこの内需依存だが、成長ドライバーである国際市場の縮小は中長期の競争力低下を招く。国際旅行支出の回復が遅れれば、政府・自治体の財源、地域コミュニティの雇用、サービス業の事業継続に連鎖的な影響が及ぶ。
旅行・観光産業は2024年に米国GDPへ2.6兆ドルを寄与し、2,000万人超の雇用を支え、税収では年間5,850億ドル、政府歳入の約7%を担った。国際客を呼び戻せなければ、この“税収エンジン”の出力は大きく削がれ、貿易、文化交流、ビジネス誘致の面でも米国のブランド力が揺らぐ恐れがある。
WTTCが示す警告と提言
WTTCは①ビザ・入国手続きの改善、②国際プロモーションの再強化、③安全・衛生基準の発信――を柱とする包括的なインバウンド復活策を提言する。「数年かけてようやくパンデミック前の水準に戻るようでは手遅れだ」と同協議会は警告する。アウトバウンド(米国人の海外旅行)が増え続ける今こそ、国際旅行者に向けた“再開国宣言”が求められる。
「世界一の観光大国」である米国は、国際市場の停滞という見えにくい危機に直面している。国内旅行が堅調でも、グローバル競争が激化するなかで海外客の減速を放置すれば、国の成長エンジンは鈍化し、長期的には地域経済と雇用の空洞化を招きかねない。WTTCの警告は、米国にとって“閉ざされた国”から“開かれた国”への転換を迫るシグナルである。(出典:WTTC)