
Zoomのリブランディング:会議ツールからAIコラボレーションブランドへの進化戦略
Zoomは、グローバルブランドキャンペーン「Zoom Ahead」を通じて、自社の立ち位置を再定義しようとしている。その象徴的な取り組みが、『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』のコメディアンを起用した広告「I Use Zoom!」である。
この30秒の広告は、Zoomを単なるテレカンファレンスツールとしてではなく、「人々が自ら選び、愛着を持つプラットフォーム」として描き直す試みだ。作品では、過剰に権威的なITマネージャーが使いにくい仮想会議ツールを押し付ける一方で、社員たちが次第に声を上げ、「自分たちはZoomを使いたい」と宣言していく。そこにあるのは、機能説明ではなく、ユーザーの感情と選択を肯定するストーリーである。
この広告を手がけたのは、『SNL』のスターとして知られるコリン・ジョストの制作会社であり、ユーモアと文化的文脈を熟知したチームだ。Zoomはこの起用によって、B2Bブランドでありながらカルチャーの中心に踏み込む姿勢を明確にした。これは偶発的な話題づくりではなく、ブランドを「仕事のインフラ」から「働き方を形づくる存在」へと進化させるための戦略的な選択である。
B2Bは退屈ではない─感情を軸に据えたブランド転換
Zoomがこのキャンペーンで真正面から取り組んだのは、「B2Bは退屈だ」という根深いマーケティング上の誤解である。実際のビジネス意思決定は、極めて感情的なプロセスだ。ITプラットフォームの選択を誤れば、業務は停滞し、評価や信頼、時には職そのものに影響する。その重さは、消費財の選択とは比較にならない。
Zoomはこの現実を前提に、B2BマーケティングをB2C的な発想へと拡張しようとしている。個人事業主、マーケティング担当者、カスタマーサポートチームなど、従来のIT部門中心の訴求から外れた層を視野に入れ、「誰が使うか」「どんな気持ちで使うか」に焦点を当てた。
その中核に据えられているのが、「AIファーストのコラボレーションプラットフォーム」というメッセージである。ただしZoomは、AIを前面に押し出すテック企業的な語り口を選ばなかった。AIはあくまで製品体験の内部に組み込まれるべきものであり、ユーザーの感情や使いやすさを覆い隠すものではないという立場を取る。この姿勢は、プロダクトの実態とマーケティング表現を乖離させないための、信頼重視のブランド戦略といえる。
ブランド投資としてのキャンペーンとROIの捉え方
「Zoom Ahead」は短期的な広告施策ではなく、12〜18か月を見据えた長期的なブランド投資として設計されている。テレビ広告、スポーツ中継での全国放映、デジタルやソーシャル、体験型チャネルへの展開など、メディア戦略は段階的かつ重層的だ。
特筆すべきは、ブランド構築と需要創出を切り離さずに設計している点である。Zoomは、ブランドの上流指標(認知、好意、シェア・オブ・ボイス)を、最終的な収益指標と結びつけて捉えている。新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客の愛着を高め、利用範囲を広げることが、ネット年間経常収益の成長に直結すると考えているのだ。
この考え方は、ブランドとパフォーマンスマーケティングを分断してきた従来の組織構造へのアンチテーゼでもある。顧客体験全体を一つの連続したファネルとして捉え、ブランドが需要創出の「装飾」ではなく「原動力」になる状態を目指している。
『SNL』という文化的装置を通じて、Zoomは自らを象徴的な存在として語ることを選んだ。その背景には、経営層と取締役会が「象徴的であること」を許容し、むしろ後押ししたという意思決定がある。B2Bブランドがカルチャーに踏み込むには、マーケティングの巧拙以上に、経営の覚悟が問われる。
Zoomのこの取り組みは、会議ツールという機能的枠組みを超え、ブランドが「働く人の感情と選択に寄り添う存在」へ進化できることを示している。ユーモアと製品の真実、そして長期的なブランド投資。その交点に、次世代B2Bブランドのあり方が見え始めている。
















